乳児用ミルクの脂質構造を母乳に近づけると脂肪酸の便中排泄が抑えられる
学校法人 順天堂
― 乳児用ミルクの改良に期待 ―
順天堂大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学 清水俊明特任教授、順天堂大学医学部小児科学講座東海林宏道先任准教授は、東京大学医学部小児科、東邦大学医学部新生児学教室、明治ホールディングス株式会社、株式会社明治との共同研究グループで、乳児用ミルクの主な脂質であるトリグリセリド(triglyceride: TG)(※1)の構造を母乳に近づけることで、脂肪酸の一種であるパルミチン酸(palmitic acid: PA)(※2)の便中排泄が母乳栄養児と同様に抑えられることを見出しました。本論文は国際学術誌Nutrients誌のオンライン版に2024年5月21日付で公開されました。
■ 本研究成果のポイント
健康な乳児149例を対象として、生後1か月時に便中総PA、けん化PAを測定した。
使用している乳児用ミルクを調査し、TGの脂肪酸結合部位(sn-1、sn-2、sn-3)のうち、PAのsn-2結合比率が母乳に近い(50%以上)ミルクを高sn-2ミルク、同結合比率が50%未満を低sn-2ミルクとして授乳量と便中PA レベルの関連性について評価した。
低sn-2ミルクの授乳が増えると便中総PA、けん化PAレベルが増加する一方で、高sn-2 ミルクの授乳量が増えても便中の総PA、けん化PAレベルは増加しないことが示された。
■ 背景
脂質は乳児の摂取エネルギーの半分を占める栄養素であり、PAはその1/5を占めます。脂肪酸の吸収はTGの結合部位(sn-1、sn-2、sn-3)によって異なります(図1)。sn-2位(※3)に結合している脂肪酸はリパーゼによる消化を受けずに効率よく吸収されます。一方、sn-1位、sn-3 位の脂肪酸はリパーゼにより遊離脂肪酸となり、PAは腸管内でけん化(※4)し、不溶性の脂肪酸カルシウムを形成するため、吸収効率が低下します。
母乳中PAの70~80%程度はsn-2位に結合しており、過去には乳児用ミルク中のPAのsn-2位結合比を40~50%に高めると、脂質やカルシウムの排泄が減る、骨塩量やビフィズス菌数が増加するとの報告がありますが、これまで国内で乳児用ミルクのPA sn-2位結合比率に着目した臨床研究は行われてきませんでした。そこで、生後1か月児における栄養方法の違いがPAの吸収に及ぼす影響について検討しました。
■ 内容
順天堂大学医学部附属順天堂医院、東京大学医学部附属病院、東邦大学医療センター大森病院で出生した健康な乳児149例を解析対象としました。1か月健診で便を入手し、健診前の1週間について乳児の母乳摂取状況、乳児用ミルクの銘柄と授乳量を調査しました。便中のPA量は、エーテル抽出により便中脂質を抽出したのちに、ガスクロマトグラフィーにより測定しました。脂質を抽出する際に塩酸を加えて測定した結果を便中総PA濃度、塩酸を加えずに測定した結果を非けん化PA濃度とし、便中けん化PA濃度はその差し引きにより算出しました。
1か月健診時における便中総PA濃度の中央値は低sn-2ミルクを哺乳した児で最も高く、母乳栄養児および高sn-2ミルクを哺乳した児と比べてそれぞれ有意に高値でした。便中けん化PA濃度の中央値に関して、低n-2ミルクを哺乳した児で最も高く、高sn-2ミルクを哺乳した児と比べて有意に高値でした。高sn-2ミルクの哺乳量および低sn-2ミルクの哺乳量と便中総PAおよびけん化PAとの関連性を重回帰分析(※5)モデルにより評価したところ、便中総 PA 濃度および便中けん化 PA 濃度は低sn-2 ミルクの哺乳量と正の相関が認められた一方で、高sn-2 ミルクの哺乳量との関連は認められませんでした(図2)。
図1:トリグリセリドの脂肪酸結合部位とパルミチン酸の消化・吸収
図2:重回帰分析による便中総パルミチン酸濃度およびけん化パルミチン酸濃度と各乳児用ミルクの哺乳量との相関性の評価。ミルクの哺乳量の単位:mL/日/kg-体重、■は偏回帰係数を示し、バーは95%信頼区間を示す。交絡因子に便pHを含む。*** p<0.001 有意に関連あり。
出典:Shoji&AraiらNutrients 2024, 16(11), 1558の図4を改変
■ 用語解説
※1 トリグリセリド: グリセロール骨格に3分子の脂肪酸が結合する構造を有する脂質成分です。母乳中の脂質は主にこのトリグリセリドが占めています。脂肪酸が結合する3つの位置のうち、外側をsn-1位またはsn-3位といい、中央の結合位置をsn-2位と呼びます。
※2 パルミチン酸: 母乳中のトリグリセリドに最も多く含まれる飽和脂肪酸です。母乳中ではパルミチン酸の7割がグリセロール骨格の中央の結合位置に結合しています。
※3 sn-2位: グリセロール骨格中の3分子の脂肪酸が結合する位置のうち、中央の位置を指します。
※4 けん化: ここでは油脂がアルカリと反応することをいい、その反応により生成された化合物をけん化物といいます。
※5 重回帰分析: 複数のデータの関連性を明らかにする手法であり、目的変数と説明変数の関係性を分析します。ここでは目的変数を便中総パルミチン酸濃度、または便中けん化パルミチン酸濃度、説明変数を高sn-2 PAミルクの哺乳量、および低sn-2 PAミルクの哺乳量として分析しています。
■ 原著論文
本研究はNutrients誌のオンライン版に2024年5月21日付で公開されました。
タイトル: Infant Formula with 50% or More of Palmitic Acid Bound to the sn-2 Position of Triacylglycerols Eliminate the Association between Formula-Feeding and the Increase of Fecal Palmitic Acid Levels in Newborns: An Exploratory Study
タイトル(日本語訳): トリグリセリドの sn-2 位に結合したパルミチン酸が 50% 以上含まれる乳児用ミルクは、乳児における摂取量と便中パルミチン酸濃度の上昇との関連性を抑制する: 探索的研究
著者: Hiromichi Shoji1), Hiroko Arai2), Satsuki Kakiuchi3), Atsushi Ito3), Keigo Sato4)5), Shinji Jinno4)5), Naoto Takahashi3), Kenichi Masumoto2), Hitoshi Yoda2) and Toshiaki Shimizu6)
著者(日本語表記): 東海林宏道1), 荒井博子2), 垣内五月3), 伊藤淳3), 佐藤圭悟4)5), 神野慎治4)5), 高橋尚人3), 増本健一2), 与田仁志2), 清水俊明6)
著者所属: 1)順天堂大学医学部小児科学講座、2)東邦大学医療センター大森病院、3)東京大学医学部附属病院小児科、4)明治ホールディングス株式会社、5)株式会社明治、6)順天堂大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学
https://doi.org/10.3390/nu16111558
本研究は一般財団法人 糧食研究会より助成金を受けて実施されました。本研究にご協力いただいたお子様とその保護者の皆様に心より感謝申し上げます。また、便の分析にご協力いただいた株式会社明治および株式会社住化分析センターのスタッフに深謝いたします。
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― 乳児用ミルクの改良に期待 ―
順天堂大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学 清水俊明特任教授、順天堂大学医学部小児科学講座東海林宏道先任准教授は、東京大学医学部小児科、東邦大学医学部新生児学教室、明治ホールディングス株式会社、株式会社明治との共同研究グループで、乳児用ミルクの主な脂質であるトリグリセリド(triglyceride: TG)(※1)の構造を母乳に近づけることで、脂肪酸の一種であるパルミチン酸(palmitic acid: PA)(※2)の便中排泄が母乳栄養児と同様に抑えられることを見出しました。本論文は国際学術誌Nutrients誌のオンライン版に2024年5月21日付で公開されました。
■ 本研究成果のポイント
健康な乳児149例を対象として、生後1か月時に便中総PA、けん化PAを測定した。
使用している乳児用ミルクを調査し、TGの脂肪酸結合部位(sn-1、sn-2、sn-3)のうち、PAのsn-2結合比率が母乳に近い(50%以上)ミルクを高sn-2ミルク、同結合比率が50%未満を低sn-2ミルクとして授乳量と便中PA レベルの関連性について評価した。
低sn-2ミルクの授乳が増えると便中総PA、けん化PAレベルが増加する一方で、高sn-2 ミルクの授乳量が増えても便中の総PA、けん化PAレベルは増加しないことが示された。
■ 背景
脂質は乳児の摂取エネルギーの半分を占める栄養素であり、PAはその1/5を占めます。脂肪酸の吸収はTGの結合部位(sn-1、sn-2、sn-3)によって異なります(図1)。sn-2位(※3)に結合している脂肪酸はリパーゼによる消化を受けずに効率よく吸収されます。一方、sn-1位、sn-3 位の脂肪酸はリパーゼにより遊離脂肪酸となり、PAは腸管内でけん化(※4)し、不溶性の脂肪酸カルシウムを形成するため、吸収効率が低下します。
母乳中PAの70~80%程度はsn-2位に結合しており、過去には乳児用ミルク中のPAのsn-2位結合比を40~50%に高めると、脂質やカルシウムの排泄が減る、骨塩量やビフィズス菌数が増加するとの報告がありますが、これまで国内で乳児用ミルクのPA sn-2位結合比率に着目した臨床研究は行われてきませんでした。そこで、生後1か月児における栄養方法の違いがPAの吸収に及ぼす影響について検討しました。
■ 内容
順天堂大学医学部附属順天堂医院、東京大学医学部附属病院、東邦大学医療センター大森病院で出生した健康な乳児149例を解析対象としました。1か月健診で便を入手し、健診前の1週間について乳児の母乳摂取状況、乳児用ミルクの銘柄と授乳量を調査しました。便中のPA量は、エーテル抽出により便中脂質を抽出したのちに、ガスクロマトグラフィーにより測定しました。脂質を抽出する際に塩酸を加えて測定した結果を便中総PA濃度、塩酸を加えずに測定した結果を非けん化PA濃度とし、便中けん化PA濃度はその差し引きにより算出しました。
1か月健診時における便中総PA濃度の中央値は低sn-2ミルクを哺乳した児で最も高く、母乳栄養児および高sn-2ミルクを哺乳した児と比べてそれぞれ有意に高値でした。便中けん化PA濃度の中央値に関して、低n-2ミルクを哺乳した児で最も高く、高sn-2ミルクを哺乳した児と比べて有意に高値でした。高sn-2ミルクの哺乳量および低sn-2ミルクの哺乳量と便中総PAおよびけん化PAとの関連性を重回帰分析(※5)モデルにより評価したところ、便中総 PA 濃度および便中けん化 PA 濃度は低sn-2 ミルクの哺乳量と正の相関が認められた一方で、高sn-2 ミルクの哺乳量との関連は認められませんでした(図2)。
図1:トリグリセリドの脂肪酸結合部位とパルミチン酸の消化・吸収
図2:重回帰分析による便中総パルミチン酸濃度およびけん化パルミチン酸濃度と各乳児用ミルクの哺乳量との相関性の評価。ミルクの哺乳量の単位:mL/日/kg-体重、■は偏回帰係数を示し、バーは95%信頼区間を示す。交絡因子に便pHを含む。*** p<0.001 有意に関連あり。
出典:Shoji&AraiらNutrients 2024, 16(11), 1558の図4を改変
■ 用語解説
※1 トリグリセリド: グリセロール骨格に3分子の脂肪酸が結合する構造を有する脂質成分です。母乳中の脂質は主にこのトリグリセリドが占めています。脂肪酸が結合する3つの位置のうち、外側をsn-1位またはsn-3位といい、中央の結合位置をsn-2位と呼びます。
※2 パルミチン酸: 母乳中のトリグリセリドに最も多く含まれる飽和脂肪酸です。母乳中ではパルミチン酸の7割がグリセロール骨格の中央の結合位置に結合しています。
※3 sn-2位: グリセロール骨格中の3分子の脂肪酸が結合する位置のうち、中央の位置を指します。
※4 けん化: ここでは油脂がアルカリと反応することをいい、その反応により生成された化合物をけん化物といいます。
※5 重回帰分析: 複数のデータの関連性を明らかにする手法であり、目的変数と説明変数の関係性を分析します。ここでは目的変数を便中総パルミチン酸濃度、または便中けん化パルミチン酸濃度、説明変数を高sn-2 PAミルクの哺乳量、および低sn-2 PAミルクの哺乳量として分析しています。
■ 原著論文
本研究はNutrients誌のオンライン版に2024年5月21日付で公開されました。
タイトル: Infant Formula with 50% or More of Palmitic Acid Bound to the sn-2 Position of Triacylglycerols Eliminate the Association between Formula-Feeding and the Increase of Fecal Palmitic Acid Levels in Newborns: An Exploratory Study
タイトル(日本語訳): トリグリセリドの sn-2 位に結合したパルミチン酸が 50% 以上含まれる乳児用ミルクは、乳児における摂取量と便中パルミチン酸濃度の上昇との関連性を抑制する: 探索的研究
著者: Hiromichi Shoji1), Hiroko Arai2), Satsuki Kakiuchi3), Atsushi Ito3), Keigo Sato4)5), Shinji Jinno4)5), Naoto Takahashi3), Kenichi Masumoto2), Hitoshi Yoda2) and Toshiaki Shimizu6)
著者(日本語表記): 東海林宏道1), 荒井博子2), 垣内五月3), 伊藤淳3), 佐藤圭悟4)5), 神野慎治4)5), 高橋尚人3), 増本健一2), 与田仁志2), 清水俊明6)
著者所属: 1)順天堂大学医学部小児科学講座、2)東邦大学医療センター大森病院、3)東京大学医学部附属病院小児科、4)明治ホールディングス株式会社、5)株式会社明治、6)順天堂大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学
https://doi.org/10.3390/nu16111558
本研究は一般財団法人 糧食研究会より助成金を受けて実施されました。本研究にご協力いただいたお子様とその保護者の皆様に心より感謝申し上げます。また、便の分析にご協力いただいた株式会社明治および株式会社住化分析センターのスタッフに深謝いたします。
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(2024/06/28 15:00)
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