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水中洞窟を捜索・調査する テクニカルダイビング テクニカルダイバー・鷹野与志弥さん

 スキューバーダイビングというと、明るく、きれいな水中、カラフルな魚たちの世界を楽しむスポーツというイメージが浮かびます。

 こうしたレジャーのダイビングとは別に、「テクニカルダイビング」という世界があるのをご存知でしょうか。レジャーダイビングでは危険とされる深海や水中洞窟にまで到達し、特殊な器材や、高度な技術が必要とされるダイビングです。

青色に見える海中でダイビング(鷹野さん提供)【時事通信社】

 そのようなダイビングを行う人たちを「テクニカルダイバー」と呼ぶ人もいるそうです。例えば、迷路のような水中洞窟では、帰る道を間違えたり、泥が舞い上がって一瞬で何も見えなくなったりします。そして、限られた酸素があるうちに出口まで帰れなければ、死が待っています。

 生きて帰って来るためには、特別な訓練を受け、高度なダイビング技術が必要となるのです。

 あまり公にされませんが、そのようなテクニカルダイバーの中でも、トップクラスになると、国の公的な潜水チームでも行けない場所に、遭難した人を救助するために呼ばれることもあるようです。

 まだ記憶に新しい2018年のタイの洞窟遭難事故もそうでした。

 この時、最終的な救助チームとして組まれたのが、英国から呼ばれたテクニカルダイバーたちで、特に水中洞窟潜水の技術を持った「ケーブ(cave=洞窟)ダイバー」と呼ばれる人たちでした。

 彼らにより、洞窟に閉じ込められた少年たちは全員、無事に救助されます。

 この時、日本でコメンテーターとしてメディアで解説をしていたのが、テクニカルダイバーの鷹野与志弥さんです。鷹野さんに、この興味深い仕事について、話を伺いました。

 ◆何万年も手付かずの場所

 海原 ケーブダイバーというのは、全く知りませんでした。なぜ、そのような潜水技術が、必要とされるのでしょうか。

 鷹野 洞窟は雨や風、外敵からも身を守れる場所であり、古代から、人類を含め、さまざまな生き物が利用してきた場所でした。

 洞窟では、骨や石器、時には壁画などが発見され、人類学的にも貴重な場所です。ただ、洞窟には水でふさがれた場所もあり、研究者たちの侵入を拒みます。

 一方で、水でふさがれた洞窟は、何万年も外部の影響を受けたことのない、貴重な場所でもあります。しかし、そうした場所へ行くための洞窟潜水には、さまざまな危険があり、それらに対応するには、潜水器材の開発や、ダイバー自身の高い技術や精神力が必要でした。

 米国では、米国洞窟学会(NSS、1941年設立)により、潜水チームの編成が検討され、ケーブダイビングに特化した「洞窟潜水部門(CDS)」がNSS内につくられました。

 海原 鷹野さんは、以前はレジャーダイビングの仕事をしていたのでしょうか。ケーブダイビングに興味を持つきっかけは、何でしたか。


 ◆驚くほどの美しさ

 鷹野 もともと、魚よりも、深い水深の世界や、沈没船の内部などに興味を引かれ、独学で潜っていました。

 1999年に、米国のテクニカルダイビング指導団体が来日すると知った時、導かれるように連絡を取ることになります。その時、団体から言われたのが「テクニカルダイビングの原点はケーブダイビングにある」でした。

テクニカルダイバーの鷹野与志弥さん(鷹野さん提供)【時事通信社】

 しかし、その時は興味も湧かず、理解もできませんでした。

 同じ時期、99年2月10日、久米島の海で水深34メートルの場所に、氷河期に形成されたと推測される海底鍾乳洞が発見されます。

 発見者は、地元のダイビングインストラクターの友寄秀光さん。この海底洞窟は、発見者の名前にちなんで「ヒデンチガマ(ひでさんの洞窟)」と命名されました。

 私は2001年1月、そのヒデンチガマの洞窟測量をメインとした調査に呼ばれます。

 水深34メートルに到達した時、目の前に現れた穴は、あまりにも小さく、見た瞬間、突然に血液が興奮したのを今でも忘れません。

 事前に「入口は小さいから」と言われていていましたが、「これほど小さい穴の中に洞窟があるなんて…」という感じです。

 下を見ながら5~6メートルほど進むと、ひっかかりはなくなりました。顔を上げて、ライトを向けると、その先には、見たことのない水中洞窟の世界が奥に向って続いていました。

 時が止まり、光のない世界を感じました。帰る時には、自分の世界と繋がる入り口の美しさに驚きました。

 減圧を終えて、浮上し、決心します。洞窟潜水の訓練を受けよう、と。


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