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アルツハイマー病の原因遺伝子プレセニリンは、アルツハイマー病の危険因子であるアポリポ蛋白Eの分泌も制御する 名古屋市立大学

 研究成果の概要

 アルツハイマー病の分子病態に最も強くかかわる分子(原因分子)は、Aβであると理解されている。Aβ代謝に大きな影響をあたえるのは、APP(前駆分子)からAβを切り出す(Aβ産生)酵素であるプレセニリン(PS)であり、Aβを代謝(分解、除去)に働くApoEである。家族性アルツハイマー病の原因遺伝子に一つがPSであり、PS遺伝変異があるとAβ42/ Aβ40比が上昇することが知られている。Aβ42は強い凝集作用を持ち、神経毒性が強いことが知られている。一方Aβ40は凝集作用が弱く、むしろ神経保護作用を持つことが分かっている。したがって、Aβ42/ Aβ40比の上昇は、Aβ凝集が促進し、神経毒性も強まることからAD病態を促進すると考えられる。

Aβの 産生

Aβの 産生

 一方、ApoEは、脳内Aβと結合し(HDL-ApoE-Aβ)、Aβの分解・除去に働くことが知られており、その作用にApoE3, ApoE4の違いがある(ApoE3>ApoE4)ことが分かっている。脳内Aβ沈着は、Aβ産生と除去・分解のバランスで決まるため、PSとApoEは、それぞれの独立した役割・メカニズムによってAD発症に関与すると考えられてきた。

図1。図1。PS遺伝子欠損細胞におけるApoEの分泌変化。野生型(WT)マウス胎児線維芽細胞に比べ、PS1およびPS2欠損細胞のApoEの分泌が消失している。PS1欠損細胞のApoEの分泌が顕著に低下している。

図1。図1。PS遺伝子欠損細胞におけるApoEの分泌変化。野生型(WT)マウス胎児線維芽細胞に比べ、PS1およびPS2欠損細胞のApoEの分泌が消失している。PS1欠損細胞のApoEの分泌が顕著に低下している。

 しかし、今回の研究は、いままでの理解を覆し、両者が深く関連するとの驚きの結果を示したのである。すなわち(1)PS欠損細胞では、ApoE分泌が著しく減少または消失すること(図1)、(2)野生型PSを導入することで、ApoE分泌は完全に回復したが、PS遺伝子変異導入細胞では、ApoE分泌の回復は不完全であること等を発見したのである(図2)。これらの結果は、マウスにPS阻害剤を投与してもApoE分泌が低下することを確認し、また、PS遺伝子変異を持つ人の血清中のApoEレベルが健常者より低下していることを確認することによって検証された。

 これらの事実は、PS遺伝子変異を持つ人では、PS機能低下によるAβ産生変動に加えて、PS機能低下による危険因子ApoEの分泌低下を介して相乗的にAD発症を促進することを示している。またPS遺伝子変異のない人においても、PS機能変動がある場合には、ApoEレベルの低下によってAD分子病態を促進する可能性を示している。治療や予防戦略として、PSの機能強化(発現増加など)の可能性を考えている。

 なお、本研究は、名古屋市立大学大学院・医学研究科・神経生化学分野の道川誠教授、鄒 鶤准教授らの研究グループによってなされた研究である。

 本研究は北米神経学会誌である「Journal of Neuroscience」に米国東部時間:令和4年1月5日にWeb上のEarly releaseで公開された。

図2。ApoE分泌における変異型PS1の作用。PS1およびPS2欠損マウス胎児線維芽細胞に、野生型PS1、あるいは変異型PS1を導入した。野生型PS1と比べ、変異型PS1のApoE分泌促進効果が低下している。

図2。ApoE分泌における変異型PS1の作用。PS1およびPS2欠損マウス胎児線維芽細胞に、野生型PS1、あるいは変異型PS1を導入した。野生型PS1と比べ、変異型PS1のApoE分泌促進効果が低下している。

 【背景】

 アルツハイマー病は、超高齢社会に突入した、わが国において増加する認知症の半数以上を占める神経変性疾患であり、65歳以降に発症率が増加する疾患です。この疾患の予防法、治療法開発には、発症メカニズムの解明が必要です。メカニズム解明のカギとなるのが、発症危険因子ならびに原因遺伝子からのアプローチが有効な方法と考えられています。

 アルツハイマー病の分子病態に最も強くかかわる分子(原因分子)は、Aβであると理解されている。Aβ代謝に大きな影響をあたえるのは、APP(前駆分子)からAβを切り出す(Aβ産生)酵素であるプレセニリン(PS)であり、Aβを代謝(分解、除去)に働くApoEである。家族性アルツハイマー病の原因遺伝子に一つがPSであり、PS遺伝変異があるとAβ42/ Aβ40比が上昇することが知られている。Aβ42は強い凝集作用を持ち、神経毒性が強いことが知られている。一方Aβ40は凝集作用が弱く、むしろ神経保護作用を持つことが分かっている。したがって、Aβ42/ Aβ40比の上昇は、Aβ凝集が促進し、神経毒性も強まることからAD病態を促進すると考えられる。

 一方、ApoEは、脳内Aβと結合し(HDL- Aβ)、Aβの分解・除去に働くことが知られており、その作用にApoE3, ApoE4の違いがある(ApoE3>ApoE4)ことが分かっている。脳内Aβ沈着は、Aβ産生と除去・分解のバランスで決まるため、PSとApoEは、それぞれの独立した役割からAD発症に関与すると考えられてきた。

 これまで上記の原因遺伝子PSと危険因子ApoEは、それぞれ独立したメカニズムでAD発症に関わると考えられてきました。しかし、今回のわれわれの研究から、PSがApoE代謝を強く制御するという驚くべき想定外の結果を得たのです。

 【研究の成果】

 今回の研究で、われわれは、PSのAβ産生作用以外の作用として孤発性ADの危険因子であるApoE代謝への影響の可能性について着想し、検討を行いました。PSとApoEは、それぞれ独立したメカニズムでAD発症を誘導すると考えられていましたが、(1)驚くべきことにPS欠損細胞では、ApoE分泌が著しく減少または消失すること(図1)、(2)野生型PSを導入することで、ApoE分泌は完全に回復しましたが、PS遺伝子変異導入細胞では、ApoE分泌の回復は不完全であることを発見しました。(図2)。また、(3)PS活性阻害剤で処理すると、ApoE分泌が低下することを明らかにしました。この細胞での結果に合致して、(4)マウスにPS阻害剤を腹腔投与したところ、髄液へのApoE分泌が抑制されました。さらに、(5)PS遺伝子変異を持つ人の血清中のApoEレベルを定量したところ、健常者の血清中のApoEレベルと比較して有意に低下していることが明らかになりました。また、(6)PSの機能によって、ApoEの細胞内局在が変化(核内に移動)することも明らかにし、細胞質のApoEレベルの低下により分泌低下がおこっている可能性を示しました。

 これらの事実は、PS遺伝子変異を持つ人では、PS機能低下によるAβ産生変動に加えて、PS機能低下による危険因子ApoEの分泌低下を介して相乗的にAD発症を促進することが分かりました。またPS遺伝子変異のない人においても、PS機能変動がある場合には、ApoEレベルの低下によってAD分子病態を促進する可能性が示されました。治療や予防戦略として、PSの機能強化(発現増加など)の可能性を考えております。

 【研究のポイント】

 lアルツハイマー病の原因遺伝子PSは、従来から考えられてきたAβ産生の異常のみならず、アルツハイマー病の危険因子であるApoEの分泌制御に深くかかわることを明らかにした。

 l脳内アミロイド沈着は、Aβ産生(PSが関わる)とAβ除去(ApoEが関わる)のバランスによって調整されるが、PS遺伝子変異はその両者に影響して疾患発症に関わると考えられた。

 【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 現在までに、治療・予防薬開発は、脳内Aβ産生抑制・産生調節、Aβ除去に主眼を置いた研究であった。PS阻害剤の開発、ならびにApoE産生増加やワクチン・モノクローナル抗体開発などである。こうした考え方に対して、今回のわれわれの研究結果は、PS阻害ではなくむしろPS機能強化によって、脳内Aβ42比を低下させ、かつApoE分泌増加を図ることができる可能性を示しており、新しい治療薬開発につながるのではないかと考えている。

 【用語解説】

 1.アミロイドβ(Aβ): アルツハイマー病病態を促進させる鍵分子であるAβはアルツハイマー病の原因遺伝子であるアミロイド前駆タンパク質(APP)から二つのプロテアーゼ(βおよびγセクレターゼ)で順次切断されることにより産生される。

 2.プレセニリン:プレセニリンは、Aβを産生するγセクレターゼ複合体の活性中心サブユニットである。γセクレターゼ複合体は、プレセニリン、ニカストリン、APH-1、PEN-2の四つの膜タンパクから構成される。

 【研究助成】

 本研究は、奨学寄附金、文部科学省科学研究補助金、日本医学会総会記念医学振興基金、大幸財団、ヒロセ財団の助成を受けたものである。

 【論文タイトル】

 Presenilin is essential for ApoE secretion, a novel role of presenilin involved in Alzheimer’s disease pathogenesis.
(プレセニリンは、ApoE分泌に必須である。アルツハイマー病分子病態におけるプレセニリンの新らたな役割)

 【著者】

 Islam Sadequl, 孫 陽、高 原、中村知寿、Arshad Ali Noorani, Tong Li, Philip C Wong, 木村成志、松原悦朗、春日健作、池内 健、富田泰輔、鄒 鶤,道川 誠(責任著者)

 【所属】

 1名古屋市立大学大学院医学研究科神経生化学分野

 【掲載学術誌】

 学術誌名;Journal of Neuroscience
DOI番号:https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2039-21.2021

 【研究に関する問い合わせ】

 (1)名古屋市立大学 大学院医学研究科 教授 道川 誠
 住所:〒467-8601 名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
 E-mail:michi@med.nagoya-cu.ac.jp

 (2)名古屋市立大学 大学院医学研究科 准教授 鄒 鶤
 住所:〒467-8601 名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
 E-mail:kunzou@med.nagoya-cu.ac.jp

 【報道に関する問い合わせ】

 名古屋市立大学 医学・病院管理部経営課
 名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
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 E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp

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 E-mail:ncu-innovation[at]sec.nagoya-cu.ac.jp


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