話題

望まぬ蘇生は中止できるか?
自宅でみとる難しさ

 ◇救急隊員の悩み

 119通報を受けて現場に駆け付ける救命救急士の悩みも深い。横浜市消防局救命医療連携担当係長の田中謙二氏は「患者が心肺停止になり、119通報を受けると救急車を向かわせる。救急車の中では必要な救命措置を施し、緊急病院へ急ぐ。これは、消防法に基づいている」と語った。

救急隊員は蘇生処置を施しながら病院へ搬送
 しかし、駆け付けた現場で救命処置に「待った」をかけられることがしばしばあるという。横浜市内の救急隊員を対象に実施した調査によると、心肺停止のケースで家族らから「本人は蘇生措置などを希望していなかった」と告げられた経験がある隊員は94%に上っている。ただ、事はそう単純ではない。次に挙げるのは、実例の一部だ。

 「自宅でみとる予定だったのに、焦って救急車を呼んでしまった」「救命措置はしないでほしいが、自宅から病院まで搬送してほしい」

 救急隊側は、こう応ずるしかないのが実情だ。

 「私たちに死亡の判断はできないので、救命処置を実施しないわけにはいかない」「法律上、救命処置をせずに搬送することはできない」

 こんな実例を踏まえて山崎氏は、心肺蘇生を望まないことを本人、家族、医師らできちんと話し合いができている場合には「慌てて119番通報するのではなく、訪問診療医や訪問看護師に連絡を取って相談するのも選択肢だと思う」と語り掛けた。

 ◇意思表示は書面で

 法的な視点からはどうか。弁護士で横浜生活あんしんセンター所長の延命政之氏は、家族らがどこに連絡するかにより対応が異なるとした上で「かかりつけ医は本人の意思や状況を知っている。本人が蘇生・延命措置を求めていれば実施し、求めていない場合は実施しない。それは違法ではない」と指摘した。一方、119番通報し救急車を要請した場合は、病院や診療所へ搬送するまで救急救命処置を行う法的義務を救急隊員が負う。「蘇生措置を途中でやめることは職務規定に違反し、本人が死亡した場合、保護責任者遺棄致死罪または殺人罪が成立する。だから、救急隊員は蘇生措置をやめられない」

「在宅医療における人生の最終段階を考える」シンポジウム(横浜市)
 人生の最終段階では、意思表示ができない場合も少なくない。このため、意識が明確な時にあらかじめ自らの最終段階の在り方を表明しておくことが大切になる。延命氏は意思表明の手段として、①書面に書き残す②口頭で家族や友人に伝える③かかりつけ医に相談する―を挙げた上で、「いずれも有効だが、確実に意思を伝えるためには書面に書き残すことを勧める」と語った。

 ◇中断要請は限られた患者

 シンポジウムの主催団体である横浜市医師会常任理事の赤羽重樹氏は「在宅で患者をみとる家族の多くは、臨終期に生じる呼吸困難やせん妄(意識障害による混乱)などに直面したことはない」と指摘。このため、「パニックに陥ってこれまでの経緯を忘れ、119番通報してしまうのではないか」と分析する。

 赤羽氏は同市内で訪問診療を中心としたクリニックを開業しているが、「救命措置を中断することは非常に難しい。実際に横浜市で救命措置の中断を要請できるのは、がんなど完治が期待できない病気が進行し、ある程度余命が視野に入った患者だ」と言う。しかも、「この患者は救命措置を欲していない」という主治医の趣意書があり、実際に主治医と救命隊員の連絡が取れた場合に限られる。

 それだけに、かかりつけの訪問診療医との関係は重要だ。赤羽氏は「信頼できる訪問診療医から、病状の進行や患者の変化、家族としてできることなどについてできるだけ詳しく説明を受けておくことが大切になる」と話している。(鈴木豊)

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