医学部トップインタビュー
全国最多の開業医、病院長を輩出
人間味あふれる医師を育成―久留米大医学部
久留米大医学部基礎3号館(久留米大学提供)
◇研修医に快適な環境を整備
臨床実習は4年次の1月から始まるが、屋根瓦形式と称して、上級生が下級生を教育するスタイルをとっている。「人に教えることで記憶として残っていきますから、6年生は初期研修医が、初期研修医には後期研修医が段階式に教育していきます」
昨年4月、医学知識だけでなく技量を身に付けられるようクリニカル・スキルトレーニングセンターを整備した。人形を使って心臓マッサージや聴診といった臨床の基本的な手技を習得できる場を設けたほか、来年度には、手術支援ロボット「ダヴィンチ」をシミュレーション用に導入する予定。また、昨年の4月に新築された病院北館2階のフロア―を初期研修医および後期研修医の専用室として使っています。
「簡単に個人病院のように研修医の給料を上げることはできませんから、少しでもよい環境を整えていかれるよう、大学独自の取り組みをしていきたいと思います」
◇神主の家系から精神科医へ
内村氏は神社の一人息子で神主でもある。現在96歳の父親が宮司を務めているが、いずれは内村氏が49代目の宮司になるという。「太宰府天満宮ほど規模の大きなところは別ですが、宮司だけでは生計が立てられませんから、宮司になっても医師の仕事は続けます。父親も県庁職員との兼業でした」
幼少の頃から脳梗塞で寝たきりになった祖父に「医者になって自分みたいな人を助けられるように」と言われて育ち、自然に医師の道を目指すようになった。「精神科を選んだのは、小さいときから神主になるように育てられてきたので、人の話を聞く、人の気持ちを察するのが得意かなと思って」
◇睡眠学の第一人者に
大学卒業後は大学院に進み、生理学講座で統合失調症の原因究明のための基礎研究に取り組んだ後、2年間、留学してさらに研究に没頭した。
「6年間、毎日朝から晩まで基礎研究に全力を注いだことが何よりの財産。若いうちに臨床でも研究でも自分で目標を持って追い求めていった経験が自信につながり、財産になった。臨床医になってもリサーチマインドを持つことは重要です」
久留米大学は1981年に日本で最初の睡眠クリニックを開くなど、睡眠の研究では日本をリードする存在だった。内村氏は帰国後、睡眠が専門の臨床医として活動し、睡眠学の第一人者となった。
インタビューに応える久留米大学の内村直尚副学長・医学部長
◇医療人である前に1人の社会人として
内村氏が学生たちに一貫して伝えているのが、「医療人である前に一社会人として患者さんに接する」ということだ。「医師は自分の技術や知識で病気を治すのだと傲慢(ごうまん)になりがちですが、治すことのできない病気もたくさんあるし、失敗もある。謙虚さを忘れず、失敗したら素直に謝って、そのぶん努力して患者さんと歩んでほしい」
科学技術が進歩し、医療分野でも人工知能(AI)の活用が期待されているが、そんな時代だからこそ、心を持った医療人になってほしいと願っている。「例えば同じ検査結果でも伝え方によって、患者さんの受け止め方は違ってくる。医療人の一言が患者さんに希望を与えるということを十分に考えて、患者さんと向き合ってもらいたい」
病気になることは人生の大きな挫折。その気持ちに共感し、これからの人生を考えて支えることが本当の医療だと内村氏は考える。久留米大学医学部が目指すのは、病気になったらぜひ診てもらいたい、と患者から選ばれる医師を育てること。そのために教師陣が一丸となってきめ細かなサポートを続けている。(中山あゆみ)
【久留米大学医学部の沿革】
1928年 専門学校令による九州医学専門学校を設立
付属病院を開院
46年 大学令による久留米医科大学及び同予科を設置
52年 久留米大学医学部を開設
56年 久留米大学大学院を設置し、医学研究科博士課程を開設
66年 久留米大学医学部付属看護学校を設置
68年 久留米大学医学部付属衛生検査技師学校を設置
94年 久留米大学医学部に看護学科を増設
久留米大学医学部付属医療センターを開院
97年 久留米大学先端癌治療センターを設置
98年 久留米大学循環器病研究所を設置
2002年 久留米大学高次脳疾患研究所を設置
09年 久留米大学臨床試験センターを設置
10年 久留米大学皮膚細胞生物学研究所を設置
13年 久留米大学がんワクチンセンターを設置
14年 久留米大学地域連携センターを設置
15年 久留米大学臨床研究支援機構を設立
17年 久留米大学臨床研究支援センターを設置
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(2019/02/06 06:05)