特集

日本発コロナ予防漫画、途上国に広がる
~28言語に翻訳、テレビCMにも登場~ 「他の感染症予防にも期待」─JICA

 新型コロナウイルスへの予防対策を分かりやすく紹介した日本発の漫画が、開発途上国を中心に世界中に広がっている。仙台市在住の取材漫画家井上きみどりさんの協力を受け、国際協力機構(JICA)が現地の実情を踏まえて作製した。コロナ啓発では手洗いの方法だけを図示した「実用版」が多いが、漫画版は珍しい。JICAが昨年9月に取り組みを始めた「健康と命のための手洗い運動」の一環で静かにスタートしたが、予想を上回る反響を呼び、3月31日現在、28の言語や方言に翻訳され、36カ国・地域に展開している。子どもたちはそれぞれの国で日本が得意とする漫画に興味を示し、楽しみながらコロナ対策・公衆衛生の基本を学んでいる。(時事通信社編集委員 長橋伸知)

UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の小学校で日本からの漫画(アラビア語版)を参考に手洗いする児童(ラマラの難民キャンプ・2020年10月撮影:JICA提供)

 ◇途上国の実情に応じた内容

 手を洗わずに食べ物を食べるとおなかをこわしたり、病気になったりするなど、身近なエピソードを漫画にして「なぜ手洗いが必要か」を訴える。かわいらしいタッチで描かれた19こまから成り、石けんを使った詳しい手洗いの手順も盛り込んでいる。鮮やかなフルカラーも目に付きやすいと各国で評判だ。

 漫画の内容は途上国の実情に合わせている。例えば「どのようなタイミングで手洗いをするか」については、日本では外出先から家に帰った時や、おやつを食べる前などが一般的だが、この漫画ではウシやヒツジなどの「家畜を触った後」のこまを盛り込んだ。

 また、蛇口をひねると「ジャーッ」と水が噴き出すのが当たり前の日本と違い、途上国では水道設備のない地域もある。そのため水道の代わりに、足元の木の棒を踏むと上につるしたタンクが揺れて少量ずつ水がこぼれ落ちる「TIPPY─TAP」と呼ばれる、少ない水でもきちんと手に付いたウイルスを洗い流すことができる簡易手洗い場の様子なども描いている。

 日本語(横書き)は左から右に読むのが普通だが、言語によっては右から左に読むこともあることから、この手洗い漫画では各国で違和感なく取り入れられるように、日本語版とはこま割りを反転させたものも用意した。日本語版、英語版のほか、どの言語にも翻訳してもらえるように、吹き出し部分が空白になったフォーマットも自由にダウンロードできるようにした。

 これまでに英語、フランス語、スペイン語をはじめ、カンボジア語、スワヒリ語、タイ語、アラビア語、キルギス語、インドネシア語、ヒンディー語など計28言語に翻訳されている。

 ◇各国から反響続々

 「日本から手洗いの『MANGA』がやってきた」──。
 昨年10月、コロナ禍が深刻化する中南米・ボリビアの子どもたちの間から歓声が上がった。公用語スペイン語の漫画はアニメーション化され、現地テレビ放送局のゴールデンタイムのCMとして放送された。役所も周知に力を入れている。協力を申し出た大手スーパーマーケットや薬局チェーンに手洗い漫画ポスターを置かせてもらい、買い物客が1人1枚自由に持ち帰ることができるようにしたところ、当初2000部が数日で無くなったという。

 漫画を見た同国コチャバンバ県の教師からは「(日本は)いつも子どもたちのことを思ってくれて素晴らしいです。大人と子どもで、異なるサイズの使い捨てペットボトルで手を洗うような絵を取り入れるのもいいかもしれないですね」と逆に提案されるまでに浸透しているという。

 パレスチナでも大きな反響があった。ジェニン市の上水道課長からは「子どもも含め、すべての人が手を洗わなくてはいけない状況にある。漫画はストーリーが面白く、ぜひ子どもに持たせたい。自分の子どもにも手を洗う方法を教えることができる」と感謝のコメントが寄せられた。学校でも大きく張り出され、子どもたちが漫画を見ながら熱心に手洗いを行っているという。

 アフリカの南スーダンでも人気が高く、同国で1位と2位の発行部数を誇る英字新聞に手洗い漫画が掲載され、大きな反響を呼んだ。識字率が男性で40%、女性で16%(2010年調査時点)の同国で、漫画での正しい手洗い方法の普及は大きな意味がある。

 水道の普及率が極めて低い同国の首都ジュバの現地担当者は「ストーリーが分かりやすく洗練され、教育的であり、子どもだけでなく大人にとってもよい。手を洗わなければいけないタイミングが提示されていて、分かりやすい」と絶賛。「オフィスでの掲載以外に、教会やあらゆるコミュニティーに配布できるよう多く印刷して、職員が持ち帰れるようにしたい」と話している。

JICA提供

 ◇草の根式拡大狙い

 1月末には、新型コロナウイルスの感染者が世界で1億人を超え、230万人以上が死亡したといわれている(世界保健機関〈WHO〉レポートより)。手洗いは「シンプルかつ最高のワクチン」ともいわれる基本的な感染症対策だが、途上国はそもそも手を洗う清潔な水に不自由しており、石けんや手洗い場も極めて少ないといわれる。WHOと国連児童基金(ユニセフ)の共同調査によると、石けんと水を使った正しい手洗いができない人々が世界に30億人以上。目に見えないウイルスの危険に対する知識もまだまだ乏しい。

 現在、新型コロナウイルスの感染状況は200カ国を超える。欧米など先進国では日々厳密に把握されているが、途上国の感染状況は実情が必ずしも分かっていない面もある。ワクチンの配分についても先進国との格差が懸念されており、JICAは漫画での啓発が途上国の感染拡大抑止につながることを期待している。

 JICAの事業は、通常は途上国の政府からプロジェクトの要請を受けて行われるが、この手洗いに関する運動はJICA職員や専門家、コンサルタント、ゼネコンの人々など、JICAの事業を支えている日本や現地のたくさんの人々に呼び掛けを行い、草の根式に広まっていくことを狙ったものだ。

 手洗い漫画の普及に取り組む松本重行・JICA地球環境部次長兼水資源グループ長は「今回の取り組みを浸透させ、学校を通じて広く子どもたちを教育していくようになることが望ましい。コロナ対策であると同時に、他の感染症の予防にもなる」と強調。「援助のやり方はさまざまあるが、公衆衛生に気を付けて生活するという初歩的な習慣を小さな頃から身に付けていくことが、長い目で見た時に、途上国の発展にとって効果がある。われわれの取り組みが、日本主導型でない『現地の人々の自立的自発的活動』のきっかけづくりになれば」と話している。(時事通信社「厚生福祉」2021年4月6日号より転載)

【関連記事】

新着トピックス