Dr.純子のメディカルサロン
看護師のメンタル、危機をどう乗り切る
~ストレスとコミュニケーションの効用~ コロナと戦う医療教育現場からの報告(上)
コロナとの戦いは医療現場に大きな負担を強いています。特に、看護師のメンタルの問題が浮上しています。医療現場の危機をどうしたら乗り越えられるのかについて、看護教育の立場から秋山美紀・埼玉県立大保健医療福祉学部教授に聞きました。(聞き手・文 医療ライター・海原純子)
◇使命感だけで頑張る
海原 医療関係者、特に看護師に大きな負担がかかっています。退職希望や燃え尽き症候群に陥る人も多いと思いますが、看護教育の現場でどのように感じていますか。
秋山美紀・埼玉県立大学保健医療福祉学部看護学科教授
秋山 私自身が学生だった頃から今まで「臨地実習ができなくなった」ことは聞いたことがありません。まさに非常事態だと思います。
そうした中で、看護教育を絶やしてはいけないと、現場の看護スタッフの皆さまの大変な努力がありました。学生の指導をしている余裕がない切迫した状況であるにもかかわらず、学生の受け入れを可能な限り一緒に考えていただきました。たとえ、受け入れができなくなったとしても、丁寧に状況を説明していただき、本当に感謝しています。また、そんな状況下でも「看護師になる」という信念を持って学び続けた学生に対しても、本当に尊敬の念を持たざるを得ません。
海原 過酷な現場で、学生教育を続けることが難しいと思います。しかし、学生さんはその緊迫した現場を感じることで、将来の自分と重ね合わせることができたかもしれませんね。
秋山 おっしゃる通りです。学生が現場を見て学ぶことができる日が来るように、何か現場に貢献できればと思い、看護師の心のケアの活動を行いました。あまりに大変だったので、話したがらない人もいて、話を聞く場をつくることに意味があるのかと悩みました。一方で、「こんなに人に話したのは久しぶりだ」という声もあり、「話をする場がある」だけでもいいのだと思い活動を続けました。
この仕事をしていると、誰しも一度は「退職」という文字が頭に浮かびます。まして、今は非常事態です。「辞めたい」と思ったことは一度だけではないでしょう。働き続けている看護師は、使命感だけでギリギリのところを頑張っているのだと思います。
海原 話す場があるというのは大事なんですね。看護師さんは我慢強く弱音を吐かない人が多いように思えます。
秋山 そうなんです。自分に厳しい人が多いのです。その分、自己批判が強く、疲労が大きいのです。コロナ前から看護師の燃え尽き症候群は深刻な問題でしたが、今も、そしてアフターコロナでさえ、重要な問題となっていくでしょう。今、使命感だけでギリギリ仕事をしている看護師の張りつめた糸が切れないように、アフターコロナに向けてこそ、看護師の心のケアがさらに必要となるのだと思います。
◇ワクチン接種が一筋の光
海原 長期にわたる過剰な適応状態が継続していると思います。昨年と今では変化はありますか。
秋山 第1波の頃は、他の疾患で運ばれてきた患者さんが「たまたまコロナに感染していた」ことがあり、心の準備のないまま、戦闘態勢に入ったことの戸惑いが多かったと思います。泣きながら仕事をしていたという人もいましたし、他人からの差別を受けたこともありました。「なぜ自分がこんな思いまでして、この仕事をしなければならないのか」という不条理に苦しめられている姿もありました。第1波の頃は、まだコロナの実態がよく分からなかったこと、先が見えないことへの不安があったと思います。
海原 第2波以降は変化がありましたか。
秋山 第2波、3波の頃には、疲労感でつらいながらも第1波を乗り越えたということの自負で辛うじて、支えられていたと思います。第2波の時は本当に先が見えず疲弊し、3波の頃はまだまだ「いつこの戦いが終わるのか」との不安はあったと思います。第4波はおそらく最も過酷で、今までの蓄積された疲労が高じて疲弊してしまった人が多いと思います。
医療従事者のワクチン接種によって、丸腰で戦うことの恐怖は少し軽減されたと思いますが、厳しい状況は続いています。でも、長いトンネルの中を歩いて来て、向こうから一筋の光がようやく見えたような状況もあるとは思います。
ワクチン打ち手確保のため、離職した看護師に対する集団接種も実施された(5月30日、東京都新宿区)
◇目を細めると笑顔が見える
海原 看護師のストレス要因は、業務の厳しさだけではないでしょう。患者や家族からの鬱憤(うっぷん)を晴らす対象になることや、自分の家族とのワークライフバランスが崩れることもあると思います。
秋山 一番つらいことは、そもそもこの仕事は人々の健康と幸せのためにしているのに、仕事をすることで、人から疎まれたり恨まれたりする。そして、人を救うことができなかった場合、罪悪感を持ち、不条理を感じることです。
差別があったり、患者の家族の面会等を断わらざるを得なかったりすることで、きつい言葉を受けたり、さらに救えない命があった時に心に傷を負うことが多いのです。その傷を負った一人一人に「あなたのせいじゃない」と言ってあげたいです。
海原 私も大学病院で当直をしていたころ、家族が病気なのにサポートすることができず、苦しかった経験があります。担当の患者さんが治療のかいなく亡くなると、落ち込んだことも多く、本当につらいですね。
秋山 つらい気持ちを癒すのに、自分の家族と話してストレス発散をしたり、子どもとコミュニケーションをとったりするという人が多いです。その反面、「家族に感染させたらどうしよう」という不安のために、大切な家族と離れてホテル暮らしの人もいました。一番自分の力になっている家族と離れるのは、つらいと思いますし、家族と良い関係性が保てない場合は、一層つらいと思います。
家族と話をできない時は、同僚に話を聞いてもらうというのも重要でした。マスクで顔の表情は見えにくいけど、そこにジェスチャーを入れてコミュニケーションを図る。いつも以上に丁寧にコミュニケーションをとっていました。マスクで表情が見えないから「目を細めるとマスクの中の笑顔が見えるよ」とアドバイスしています。
人との触れ合いができなくなるのがコロナの残酷なところです。リアルにいつも病棟で会える同僚、直接触れ合えないけど画面越しなら会える友達。楽しい会話をしたり、共通のポーズをとったりと、何とかよいコミュニケーションが取れるように工夫するといいと思います。関係性を重視したリーダーシップが、看護師の労働環境に良い影響を及ぼすという先行研究もあります。スタッフ同士が良い関係性を形成できるように、管理者は一層、配慮できるといいと思います。勤務の終わりは「反省会」ではなく、「きょうできたこと」「よかったこと」を探して、お互いいたわり合い、時には褒めたたえ合うのもいいと思います。
秋山 美紀 埼玉県立大保健医療福祉学部看護学科教授、博士(保健学)。北海道大医療技術短期大学部看護学科卒業、東京大医学部健康科学・看護学科卒業。東京女子医科大病院勤務後、東京大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了、同博士課程単位取得済み退学。主な著書に「看護師のための『困難を乗り越える力』自分を思いやる8つのレッスン」(メヂカルフレンド社)「看護のためのポジティブ心理学」(医学書院)
(2021/06/14 05:19)
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