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糖尿病治療薬:SGLT2 阻害薬の腎保護における新知 見を大規模リアルワールドデータにて証明 ― 腎臓学会主導の包 括的データベース(J-CKD-DB)を構築し検証 ―

 ○概要

 川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学教室 柏原 直樹教授、長洲 一准教授、横浜市立大 学附属病院 次世代臨床研究センター 矢野 裕一朗准教授、同大学 循環器・腎臓・高血圧 内科学 田村 功一教授らの研究グループは、SGLT2(Sodium/glucose cotransporter 2)阻害 薬1)の腎保護効果について、慢性腎臓病患者包括的縦断データベース(J-CKD-DB-Ex)を活用し、リアルワールドデータ解析による新たなエビデンス構築を行いました。SGLT2 阻害薬は糖尿病治療薬として臨床で使用されています。複数のランダム化比較試験2)において、血糖降下作用とは独立した腎保護効果が報告されてきましたが、従来の臨床研究では、蛋白尿があるなど特定の背景を有する患者における有用性を示すものでした。本研究においては、 SGLT2 阻害薬投与開始時の蛋白尿やレニン・アンジオテンシン系阻害薬の使用の有無、薬剤 を投与する前の腎機能の変化とは関係なく、腎保護効果を認めることを新たに見いだしました。

 本研究成果は、Diabetes Care 誌に論文が掲載されます。(日本時間 10 月1日(金)10 時)

 ○研究背景

   日本においても医療ビッグデータ(医療・健康に関する大量のデータ)の利活用が促進され始めています。これらのデータは、実際の医療によって得られたデータという意味で“リアルワールドデータ”と呼ばれています。先進諸外国は電子カルテやパーソナルヘルスレコードのデ ータを、科学的根拠(エビデンス)に基づいた医療の開発に応用するといったフェーズに入って いますが、日本における医療ビッグデータの利活用は実績が少なく、ノウハウ蓄積の段階に あります。

 また、これまでは科学的根拠に基づいた医療として、ランダム化比較試験による評価が黄金律として順守されてきました。一方、ランダム化比較試験は、限られた集団を対象に行うため、得られた成果が実臨床における目の前の患者に必ずしも当てはまるとは言いきれない場合があります。本研究で対象とした SGLT2 阻害薬に対するこれまでの評価はこのケースに該当します。EMPA-REG OUTCOME 試験、CANVAS 試験、CREDENCE 試験、DAPA-CKD 試験などのランダム化比較試験において、SGLT2 阻害薬による血糖降下作用とは独立した腎保護効果が報告されてきましたが、これらの試験では、登録者は試験開始時に、①蛋白尿を有す る、②降圧薬レニン・アンジオテンシン系阻害薬が併用薬として使用されている、③SGLT2 阻 害薬を投与する前の腎機能の変化が加味されていない(例:腎機能が低下傾向にある糖尿病 患者に SGLT2 阻害薬を投与してよいか)という実情がありました。その結果、蛋白尿を“有さない”糖尿病患者に対して、SGLT2 阻害薬の腎保護効果は期待できるのか、明らかとなっていませんでした。腎機能低下を来す糖尿病患者の一定数は蛋白尿を有さないため、このことは問題です。

 本研究では、これら三つのクリニカルクエスチョン(前述の①、②、③)に対し、日本における慢性腎臓病のリアルワールドデータベースを用いて検証を行いました。

 ○研究内容

 日本腎臓学会と日本医療情報学会では,厚生労働省臨床効果データベースおよび臨床研究など ICT 基盤構築研究事業「腎臓病データベースの拡充・連携強化と包括的データベースの構築(研究代表:日本腎臓学会理事長  柏原直樹)」として包括的慢性腎臓病データベース(the Japan Chronic Kidney Disease Database: J-CKD-DB および J-CKD-DB-Ex)の構築に着手しています。全国 20 数大学の参画を得て、慢性腎臓病患者例を自動抽出するアルゴリズムを構築し、電子カルテから SS-MIX2 を活用して直接データを収集しました。SS-MIX2 は厚生労働省が推進する医療情報の電子化・標準化に向けた事業活動の一環であり、電子カルテ情報から自動収集するデータベースを活用することにより、研究者への負荷が極めて小さくなり、大量のデータ(検査値、使用薬剤・量、患者基本情報)を収集することが可能なシステムです。現時点で 14 万人を超える J-CKD-DB-Ex を構築しています (HP: http://j-ckd-db.jp)。

 今回の研究では、傾向スコアマッチング法(介入の有無以外の背景因子をそろえる)を用いて、 SGLT2 阻害薬投与群(n=1,033)とその他の糖尿病治療薬群(非 SGLT2 阻害薬投与群; n=1,033)で、腎保護効果を比較し、検証しました。薬剤開始時  (Index  date;  図1参照)、両群と も約7割は蛋白尿陰性例であり、約6割はレニン・アンジオテンシン系阻害薬を併用していませんでした。これらは日本の診療の現状を反映した数字であり、これまで報告されているランダム化比較試験で登録された集団の特性とは異なります。主要評価項目は推算糸球体濾過量の年次変化とし、副次評価項目は腎複合イベント(推算糸球体濾過量の50%以上の低下あるいは推算糸球体濾過量 15mL/min./1.73m2 未満)としました。主要評価項目(図1)と副次評価項目(図2)ともに SGLT2 阻害薬投与群が優れていました。

 すなわち、推算糸球体濾過量の年次変化は、SGLT2 阻害薬投与群(-0.47 [95%信頼区間-0.63 to -0.31] mL/min/1.73m2 per year)が非投与群(-1.22 [95 %信頼区間 -1.41 to -1.03] mL/min/1.73m2 per year)に比べて有意に抑制され、腎複合イベントの発生も有意に抑制されていました(ハザード比 0.40、95%信頼区間 0.26-0.61)。

 これらの効果の違いは、薬剤投与開始時の蛋白尿やレニン・アンジオテンシン系阻害薬の使用の有無、SGLT2 阻害薬を投与する前の腎機能の変化とは関係なく認められました。

 ○今後の展開

 本研究グループは、日本における慢性腎臓病リアルワールドデータベースを利活用して、SGLT2阻害薬の腎保護における新知見を報告しました。また、日本の医療ビッグデータの利活用が新しい価値の創出につながる可能性を見いだしました。今後は、リアルワールドデータから生成されるビッグデータを活用し、疑似ランダム化比較試験が実施可能な自律的エビデンス構築システムの構築を目指したいと考えています。

 また、J-CKD-DB-Ex は、現在も拡充中であり、世界の国々との共同研究も開始したところ です。一部で遺伝子情報と診療情報との融合も実現しており、慢性腎臓病における個別化医療を促進し、これまでの対応型医療に代わる予測的あるいは先制医療に向けて展開していきたいと考えています。最終的には、「国民、患者、利用者目線」でデータヘルスを推進する研究を目指し、国民の健康維持に貢献し、Well-being 実現に貢献することを目標としています。

 ○研究費

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED):循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「糖尿病性腎症、慢性腎臓病の重症化抑制に資する持続的・自立的エビデンス創出システムの構築と健康寿命延伸・医療最適化への貢献(21ek0210135)」の支援を受けて実施されました。

 ○発表雑誌 雑誌名

 Diabetes Care 2021;44:1–10
(日本時間 10 月1日(金)10 時、米国東部標準時間9月 30 日(木)21 時に掲載予定)

 論文タイトル
 Kidney outcomes associated with SGLT2 inhibitors versus other glucose-lowering drugs in real-world clinical practice: The Japan Chronic Kidney Disease Database

 著者
 Hajime Nagasu, Yuichiro Yano, Hiroshi Kanegae, Hiddo J.L. Heerspink, Masaomi Nangaku, Yosuke Hirakawa, Yuka Sugawara, Naoki Nakagawa, Yuji Tani, Jun Wada, Hitoshi Sugiyama, Kazuhiko Tsuruya, Toshiaki Nakano, Shoichi Maruyama, Takashi Wada, Kunihiro Yamagata, Ichiei Narita, Kouichi Tamura, Motoko Yanagita, Yoshio Terada, Takashi Shigematsu, Tadashi Sofue, Takafumi Ito, Hirokazu Okada, Naoki Nakashima, Hiromi Kataoka, Kazuhiko Ohe, Mihoko Okada, Seiji Itano, Akira Nishiyama, Eiichiro Kanda, Kohjiro Ueki, and Naoki Kashihara

 DOI 番号
https://care.diabetesjournals.org/lookup/doi/10.2337/dc21-1081

 ○用語解説
 1)SGLT2 阻害薬
 SGLT2(Sodium–glucose cotransporter 2)阻害薬は尿に糖を出すことで血糖値を下げる糖尿病の治療薬です。血液中に含まれるブドウ糖は、腎臓の中では糸球体ろ過で血液から原尿(尿のもととなる 液)に排出された後、尿細管において SGLT2 という輸送体を介して再度血液の中へ取り込まれます。 その結果、健康な人では排せつされる尿の中に糖は出てきません。SGLT2 阻害薬は、SGLT2 の働きを阻害するので、糖の再吸収が起こらず血糖値が下がります。日本では2014年から糖尿病治療薬とし
て使われるようになりました。

 2)ランダム化比較試験
研究の対象者を 2 つ以上のグループに無作為に分け(ランダム化)、治療法などの効果を検証することです。ランダム化により検証したい方法以外の要因がバランスよく分かれるため、公平に比較することができます。

 ○参考文献
 1)    Wanner C, Inzucchi SE, Lachin JM, et al.; EMPAREG OUTCOME Investigators. Empagliflozin and progression of kidney disease in type 2 diabetes. N Engl JMed 2016;375:323–334

 2)    Neal B, Perkovic V, Mahaffey KW, et al.; CANVAS Program Collaborative Group. Canagliflozin and cardiovascular and renal events in type 2 diabetes. N Engl J Med 2017;377:644–657

 3)    Perkovic V, Jardine MJ, Neal B, et al.; CREDENCE Trial Investigators. Canagliflozin and renal outcomes in type 2 diabetes and nephropathy. N Engl J Med 2019;380:2295–2306

 4)    Heerspink HJL, Stefansson BV, Correa-Rotter R, et al.; DAPA-CKD Trial Committees and Investigators. Dapagliflozin in patients with chronic kidney disease. N Engl JMed 2020;383:1436–1446

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