2024/12/18 05:00
冬の気分低下どう乗り切る?
~少し速足で歩くと気分前向きに~
入社して1年もたたないうちに嫌になって退職する若者の面談をすることがあります。希望する企業に入社したはずなのに、わずか数カ月でやる気がなくなり、退職するケースです。その背景には大きく異なる二つの特徴があります。
期待に胸を膨らませる新入社員。仕事の悩みなどから短期間で退社するケースも少なくない(イメージ)
◇仕事が楽過ぎ、やる気が出ない
一つは「退職する企業の業務負荷が大きくないのになぜ?」というケースです。この状況でなぜ退職を決断するのか不思議に思われるかもしれませんが、容易な業務ばかりだと「このままでいいのだろうか」と不安になるのです。
スポーツウェルネス業界に入社したAさんは、いろいろなスキルを早く身に付けてステップアップしたいと考えていたのですが、会社側は若手社員がゆっくりとスキルアップできるようなプログラムで業務を任せていました。Aさんはもどかしい感じがしていたといいます。同期の仲間が少ないため意見交換ができず、上司に話しても「そんなに頑張らなくてもいいよ」と言われます。一方、他社に就職した大学時代の同期はさまざまな研修をしています。Aさんは将来が不安になり、他の企業に移ろうと決めたそうです。
このケースは、会社側が社員のモチベーションの在り方について理解していないことが原因です。業務は優し過ぎても、難し過ぎてもモチベーションを保てません。勉学やスポーツも同じで、少し努力するとうまくいき上達する場合にやる気が起きます。よく引き合いに出される例で言うと、10回輪投げをしたとき、頑張っても全く入らないのは駄目だし、何も努力せずに全部入るのも駄目です。努力すると7~8回入るというように、努力が進歩に結び付くと感じられる場合にやる気が起きるのです。
かつてのように、就職した企業に一生勤めようと思っている若者は多くありません。将来どの企業でも通用し、少しでもいい企業に転職したいと思っている若者には、緩過ぎる環境は決して居心地がいいとは言えません。人は自分の進歩のプロセスに喜びを見いだすものなので、「楽だからいいだろう」と考えると優秀な若者が去りかねません。
◇過重な負担に疲弊
逆に、業務負荷が大き過ぎても退職を決断する要因になります。
Bさんは希望のメディア業界に就職しました。やりたいことはありますが、最初は使い走りといった雑用ばかり。しかも上司との関係は「まるで昭和」で、怒鳴られることもしばしばです。また先輩の仕事を見ていても、業務量が不可能なほど多くて締め切りに追われ、「このままずっと仕事をしていたら体が持たないと思った」といいます。
周りの話を聞くと、経営トップが増収増益を叫んでいて、現場がこなせないような量の仕事を営業が取ってきてしまうという状況が数年来続いているようでした。トップはワンマンで、誰も現場の疲弊を伝えられないということでした。産業医と面談しても、話の内容が伝わるのがどこかで止まり、上層部に届いていない雰囲気でした。外からは業績のいい企業のように見えていても、従業員は疲れてやる気を失っていて、Bさんは「早めに転職した方がいいと思った」といいます。
Cさんは円安で海外への輸出も多いメーカーの関連会社に就職しました。残業を少なくするという経営トップからの指示があるため、業務を短時間に集中して行わなければなりませんでした。一方、トップの意向で増益を目指していたため、業務量は増え続けていました。現場の負担感が増え、休職者や退職者が増えるのですが、人事・総務も諦めムードです。そのために従業員1人にかかる負担がますます増えるという状況で、早めの転職を決断したといいます。
経営者は従業員の心身の健康保持に率先して取り組む姿勢が求められる。写真は今春の入社式であいさつする日産自動車の内田誠社長
◇経営トップの姿勢がカギ
転職する若者は適応障害やうつには至っていません。ただ、「病気でなければ健康」というわけではなく、心の健康が保たれているとは言えません。企業内のコミュニケーションもいいとは言えない状態です。
こうした企業には
・組織内のコミュニケーション不良
・経営トップに都合の悪いことを知らせるのを恐れ、現場の問題点が伝わらない
・トップの関心は企業の利益だけ
・トップは従業員のメンタルやウェルビーイングに無関心
・人事・総務が諦めムード
といった特徴があります。
若者は上司の言動を観察しています。業務が困難でも自分たちの状況を理解して経営トップに伝えてくれるか、トップがそうした現場の状況を把握してくれるかをしっかり見ています。社員が気持ちよく納得して働けるか、モチベーションを持って働けるかは、単に時間外労働を短くすればいいというものではありません。労働基準監督署から指摘されないようにとの動機ではなく、働く人のウェルビーイングを考えてガバナンスを構築するというトップの姿勢が不可欠です。
これまでの経営トップは、社員の健康については人事・総務の担当者に任せきりで、自らは関わらないことが多かったと言えます。病気休職者や退職者の数は気にしていても、社員の心の在り方を考えることは少なかったのではないでしょうか。しかし近年、欧米のグローバル企業では職場の人々の精神的な健康、つまりウェルビーイングを目指す経営が、トップが旗振り役になり進められています。社員が気持ちよく働ける職場こそが収益をアップするカギだという認識です。いわゆる健康経営は、単に病人を出さないようにしたり、禁煙対策やメタボ対策を進めたりするというだけではなく、働く人のウェルビーイングを目指すことです。
さて、一般社団法人認知行動療法研修開発センターの大野裕理事長が会長を務める今年度の第12回日本ポジティブサイコロジー医学会学術集会では、こうした欧米での動きも踏まえ、「ポジティブサイコロジーとウェルビーイング経営」をテーマに職場のメンタルヘルスについての講演などを予定しています。この医学会は医師だけでなく企業の方も参加できます。経営陣や人事・総務の担当者に参加していただき、単に病人を出さないというのではなく、生き生きと働ける組織づくりには何が必要かについて一緒に考えていきたいと思います。(了)
(2023/11/08 05:00)
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