Dr.純子のメディカルサロン

「パフォーマンスを上げる」組織運営
~産業医の視点で見たWBC侍ジャパンの特徴~

 プロ野球開幕後、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の侍ジャパンで躍動した選手たちの活躍が目立ちます。これまでのWBC後は疲れが残り、開幕後に調子に乗り切れない選手もいたそうですが、今回はそうした弊害もなく、むしろ快調に試合に臨んでいるようです。いい結果を残して自信を持ったことの影響が大きいと思われます。今回のWBCではその組織力が印象に残りました。こうした組織力は企業経営にも共通するテーマが多いと感じます。パフォーマンスを上げる組織力とは何か、その要因について産業医の視点から考えてみたいと思います。

(文 海原純子)

WBCの祝勝会であいさつするダルビッシュ選手(右端)。チームのまとめ役として主導的役割を果たした=AFP時事

WBCの祝勝会であいさつするダルビッシュ選手(右端)。チームのまとめ役として主導的役割を果たした=AFP時事

 ◇横つながりが一体感生む

 スポーツの世界はとかくヒエラルキー構造が特徴です。野球でも従来、監督やコーチと選手の間は上下関係がはっきりしていてヒエラルキーを感じさせましたが、今回のチームはそうした印象がなく、縦型というより横で対等につながった組織の印象がありました。悲壮感がなく、いいプレーをしたとき、各選手が感情を出せたのは安心できる雰囲気、ものを言いやすい雰囲気があることが背景にあったのだと思われます。

 期待を背負って負けられないという緊張感の中でも悲壮感がなかったのは、組織として信頼できる雰囲気をつくれたことが要因でしょう。元大リーガーの日本人選手の談話に「大リーグでは、監督やコーチと選手はかなり対等な感じで話をする」とありましたが、今回は大リーグのようにコミュニケーションを取っていたのだと思います。

 さて企業の場合ですが、縦型構造がはっきりしていて、職位が上の上司と言葉を交わした経験がないと話す人もいます。「上司は自分たちのことを分かってくれない」と感じている場合などでは、業務のモチベーションが低下気味になるものです。日本の企業ではこうしたヒエラルキー構造が多く見られますが、海外の企業ではかなり異なるようです。

 パリのフォーシーズンズホテルが開業した1999年から2011年までアジア担当のマネジャーを務めた杉山(佐野)淳さんによると、当時35カ国の国籍の従業員が在籍したホテルでは縦だけではなく、横のコミュニケーションが行き届いていました。社員食堂は社長やシェフを含めスタッフがそれぞれ自由にやって来て、昼食を取りながら夏休みの予定などを話し合っていたそうです。杉山(佐野)さんは「シェフと仕事上やりあって火花が散った後でも、食堂では業務と全く関係のない話で盛り上がり、お互いに気分を変えることができました。これがコミュニケーションを築く上で大事でした」と話してくれました。

 かしこまったランチ会をする企業はありますが、堅苦しくて社員はうんざりというケースが多いものです。社員食堂で社長がスタッフの隣で気楽にランチを取るような機会は非常に少ないのではないでしょうか。前述のホテルのように日常的な横のコミュニケーションが構築される組織構造は一体感と親しみを生み出します。

 またWBCの侍ジャパンでは、ダルビッシュ選手が若手選手に話し掛けたり食事会を開催したりして、横のつながりを積極的につくっていたことが知られています。年齢差・経験の差のよるベテラン選手と若手選手の縦のつながりを横のつながりに変えていけたのだと思われます。

 ◇適応ストレスを回避したコミュニケーション力

 企業や学校ではこの時期、新入社員や部署を異動する社員、新入生の適応障害が問題になります。環境の変化は大きなストレス要因です。WBCも通常のチームメートではない選手たちと異なる環境で、勝たねばならないというプレッシャーの中で活動するというストレスがかかります。WBC未経験の選手や全く知らない選手と合流した選手には特に大きなストレス負荷となります。しかし、仲間がいてサポート体制が充実していることや、自分の気持ちや考えを表現できる相手や場所があれば、ストレスが大きい場面でも適応して力を発揮できます。

 今回は、若手選手でみんなとなじむのが不安という宇田川投手や米国から参加したヌートバー選手に積極的に輪の中に入るような機会をつくっていたダルビッシュ選手は、彼らが適応しやすい環境づくりを目指していたのだと思われます。これは組織のパフォーマンスを上げるために非常に役立ったわけです。企業の場合も、移籍した社員や新入社員に疎外感を感じさせないような組織運営をする点で参考にしたい行動ですね。

チームづくりや采配が賞賛された侍ジャパンの栗山英樹監督

チームづくりや采配が賞賛された侍ジャパンの栗山英樹監督

 ◇不調・失敗時のトップと周囲の態度

 今回多くの人の印象に残っているのは、不調で凡退を繰り返していた村上宗隆選手を代えずにプレーを続行させた栗山英樹監督の采配です。最後に日本を優勝に導くプレーにつながったわけですが、もし最後まで凡退したにせよ、監督が責任を取る覚悟が見えていました。また、周囲の選手も村上選手をサポートしている様子がうかがえました。

 「周囲の人が信頼できる」というつながりを持つと心身の健康状態は良くなるという研究報告があります。侍ジャパンが互いに信頼できる組織だったことでストレス状態が軽減され、いいパフォーマンスを生む要因になったのだと思われます。

 いま、企業の産業医として面談すると、「周りの人や仲間が信用できない」という声をしばしば聞きます。うっかり何か言うと上司に告げ口されたり、失敗すると人格を否定されたりするような不安がある環境ではいいパフォーマンスは期待できません。

 また、失敗を恐れるとチャレンジせずに無難なことばかりをするようになり、パフォーマンスの上昇は期待できません。失敗して悔しい思いをしているのは本人ですから、それに追い打ちを掛けてもいい結果には結び付きません。それが分かっていても、失敗を責めてしまう場合が多いと思います。失敗した選手に対する栗山監督の態度は企業の上司に参考にしてほしいものでした。

 以上、
 ・ヒエラルキーから横つながりの関係でリラックス
 ・適応しやすい環境づくり
 ・失敗への対処とサポート
が組織力を上げるヒントのように思えました。(了)

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