インタビュー

最新の手術法を日本に導入 
合併症と再発を防ぐ―骨盤臓器脱― 明樂重夫・明理会東京大和病院長に聞く(下)

 子宮やぼうこう、直腸など骨盤の中にある臓器が下がってきて脱出してしまう骨盤臓器脱。重症化すると外出が困難になるなど、日常生活に大きな支障を来し、人知れず悩む女性は多い。最新の手術法を日本で初めて導入した明理会東京大和病院の明樂重夫院長は「骨盤臓器脱の治療法は、この20年で大きく変化していますが、新しい手技を採り入れない施設もまだまだ見られ、医療機関によって対応できる治療法が異なります。どんな治療の選択肢があるかを知って、自分にとってベストな方法を見つけましょう」とアドバイスする。

 第3回は、骨盤臓器脱の手術方法の進化と最新の手術法、再発予防に有効とされる骨盤底筋体操を紹介する。

明樂院長

 ◇訴訟が増え、FDAが中止勧告

 ―手術はどのように行いますか。

 骨盤臓器脱の手術は、脱出した子宮を腟から摘出して、ぼうこう・直腸と腟の間の筋膜を補強する手術(従来手術)が100年ほど続いていました。しかし、再発率がかなり高く、患者さんもあきらめているような状況でした。

 骨盤底の再建は子宮だけでなく、ぼうこうや直腸も落ちてこないようにしなければならず、非常に複雑です。しかも、尿や便も出せるようにして、性行為にも支障がないようにしなければなりません。再発が多いので、損傷した骨盤底を補修するだけでは限界があると考えられるようになりました。

 そこで、2004年に骨盤内の臓器をメッシュで支える経腟メッシュ手術(TVM)がフランスの産婦人科医によって開発され、05年に泌尿器科医が日本に導入、その後、泌尿器科のみならず婦人科でも盛んにTVMが行われるようになりました。

 TVMは外陰部の外側2カ所と肛門の脇から太い針を刺して、腟の中に入れた指で引っ張り出し、手探りでメッシュを張っていく手術です。この手術法が盛んに行われるようになると、長年、人知れず悩んでいた女性が手術を希望するようになり、中には手術が2年待ちというほど殺到しました。

 ところが、次第にメッシュで尿管を巻き込んで尿閉を起こす、メッシュが腟から出てくる、術後の痛みが続くなどの合併症のリスクが分かってきたのです。骨盤臓器脱の患者さんの腹腔(ふくくう)内の状態は、臓器が下がってきていて、それぞれ個人差が大きいため、手探りでメッシュを張ると、予想外の合併症を起こす可能性がありました。そのために米国で訴訟が増え、米食品医薬品局(FDA)は2011年にTVMに対する中止勧告を行い、米国からのメッシュが供給されなくなりました。

 日本でも現在は施行数が減ってきましたが、国産のメッシュを使って、合併症を起こさないよう注意しながらTVMを行っている医療機関もあります。

 ◇腹腔鏡手術が主流に

 ―現在、合併症や再発が少ないとされる手術法は。

 TVMに替わる手術として、腹腔鏡を使ってメッシュを張り、すべてのタイプの骨盤臓器脱に対応できる「腹腔鏡下仙骨腟固定術(LSC)」がフランスで行われていることを知り、現地に医師を派遣して技術を修得、2008年に日本で第1号の手術を行いました。メッシュを使うという点ではTVMと同じですが、TVMは腟を切開してメッシュを張るのに対して、仙骨腟固定術では腟に傷を付けずに、腹腔側からメッシュを張るのでアプローチ法が違います。内視鏡で拡大された視野で術野を直接見ながら行うので、尿管を巻き込むなどのリスクも減り、出血が少ない特長があります。

 私自身は、もともと生殖医学・子宮内膜症治療が専門ですが、腹腔鏡手術の経験が豊富だったため、この仙骨腟固定術をスムーズに導入できました。従来法は、手術は簡便な一方、再発リスクが高いため、少しでも多くの患者さんに仙骨腟固定術が提供できるように普及活動に努めています。

 高齢で合併症のため腹腔鏡下手術が負担になる場合や、腟が必要ない場合、子宮を摘出し、腟を縫い閉じる手術(全腟閉鎖術)を行います。この方法だと再発やメッシュに関連した合併症もなく、手術の負担が少ないメリットがあります。

子宮頸部をメッシュを用いて岬角につり上げる腹腔鏡下仙骨腟固定術

 仙骨腟固定術は、2012年に先進医療として認められ、16年に保険適用となり、20年にはロボット補助下仙骨腟固定術が保険適用になりました。現在では婦人科で骨盤臓器脱に対して行われる手術の約4割が仙骨腟固定術です。

 ただし、この手術は腹腔鏡手術に対応する医療機関でないとできません。このため、従来法が、まだ過半数を占めているのが現状です。 (腹腔鏡下仙骨腟固定術イラスト)

 ◇体操で日常的にケアを

 ―自分でできる予防法や対処法は。 

 骨盤臓器脱を防ぐためには、まず肥満便秘で腹圧が過剰にかからないよう生活習慣を見直すことが大切です。同時に、骨盤底筋が緩まないようトレーニングしていく必要があります。

 日常生活の中で、寝る前や乗り物で移動中、テレビを見ながら、歩きながら、骨盤底筋を意識して締める習慣を持つようにしましょう。腟を締めたり、緩めたりを繰り返すと、骨盤底筋も一緒に動いて鍛えられます。1回当たり30~60回、1日3~4回程度が目安です。

あおむけでのトレーニング例

 経腟分娩をした人、難産だった人などリスクの高い人は、産後すぐからでも骨盤底筋体操を行って、将来的に骨盤底筋が緩まないよう、日常的にケアしておくことが必要です。

 当院では2022年9月から骨盤底筋リハビリテーション外来を開設しています。理学療法士が個別指導で、どんな日常生活を送っているのか詳しく問診した上で、超音波で筋肉の動きを見て、きちんと骨盤底の筋肉の収縮ができているかどうかを確認しながら体操の指導を行います。2~3回で練習し、また半年から1年後にフォローアップを行い、骨盤底筋体操がしっかり日常生活の中で定着をするようにサポートします。

 骨盤臓器脱になっても、まだ臓器が腟の外まで脱出していない段階であれば、骨盤底筋体操だけで症状が改善する可能性があります。

 手術を受けた後も再発予防のために、骨盤底筋体操を継続し、生活習慣を見直すなど、いろいろな角度から骨盤底の意識を持つことは女性の一生を豊かにすると思います。人生100年と言われる中、前向きに取り組んで、より豊かな人生を楽しんでほしいと思います。(ジャーナリスト・中山あゆみ)

 明樂重夫(あきら・しげお) 1983年日本医科大学卒業、87年同大学大学院修了。東部地域病院婦人科医長、日本医科大学付属病院産婦人科病棟医長を経て、2011年より日本医科大学産婦人科教授。22年4月より現職。

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