骨盤臓器脱〔こつばんぞうきだつ〕 家庭の医学

 人間は直立歩行をしているため、重力により内臓が骨盤のいちばん下の方向に引っぱられています。こうした内臓を支えているのが、肛門挙筋(こうもんきょきん:排便時、肛門を上方に引き上げる筋肉)をはじめとする骨盤底筋群です。
 女性の場合、お産のときに、腟(ちつ)を直径約10cmの赤ちゃんの頭が通過するために、骨盤底筋群や子宮の支持組織が伸ばされてしまい、断裂してしまうことがあります。そうなると、やがて年をとってこれら組織が弱まってきたときに、重力により腟を通して内臓が外に下がってきます。この場合、腟のすぐ上方にある子宮が下がってくるだけでなく、多くの場合、腟前方にある膀胱(ぼうこう)や、腟後方にある直腸も、腟壁ごと腟口に向かって下がってきます(膀胱瘤〈ぼうこうりゅう〉、直腸瘤〈ちょくちょうりゅう〉)。これらは総称して骨盤臓器脱といわれます。
 また、骨盤底筋群のゆるみにより、尿道を閉める力も弱くなって、尿失禁を合併することもあります。逆に、膀胱が下がりすぎて、尿道が折れ曲がってしまい、膀胱がいっぱいなのに排尿できない状態(尿閉)になることもあります。子宮が腟口より外に出ていないものを子宮下垂(かすい)、外に一部でも出ているものを子宮脱といいます。
 子宮下垂、子宮脱は、程度の軽いものも含めると出産経験のある女性の4割に症状があるといわれており頻度の高い疾患ですが、症状の程度が軽ければ、治療する必要はありません。しかし、脱出した子宮がじゃまで日常生活に支障がある場合や、尿が出にくいといった症状が強い場合は治療が必要です。保存的治療としては、ペッサリー(直径6~8cmくらいのプラスチックの輪)を腟内に挿入し、子宮や膀胱、直腸が下がってこないよう支える方法がありますが、尿路感染、腟からの頻繁な出血などの合併症をよく伴いますので、定期的チェックが必要であることと、程度が重症な場合は手術が必要です。手術は、伸びたり断裂した靭帯(じんたい)の代わりに人工物(メッシュ)を入れる手術や、腟および子宮を支える靭帯や骨盤底筋群を補強または固定する手術、腟の中央を閉鎖してしまう手術などがあります。
 人工物を入れる手術としては、腹腔(ふくくう)鏡手術およびロボット支援手術が取り入れられており、近年普及しつつあります。人工物を使わない手術としては、子宮や腟を支える靭帯を腹壁などに固定する手術があります。高齢や合併症でこれらの手術が不可能な場合、患者本人の希望を聞いたうえで、腟閉鎖手術がおこなわれます。腟閉鎖術は手術時間が短く、危険も少ないのですが、腟を閉鎖してしまうため、性交が不可能になるという欠点があります。また、尿失禁の症状がある場合は、尿道の傾きを是正して尿失禁を治療する手術(尿道吊り上げ手術)があわせておこなわれます。

(執筆・監修:東京大学大学院医学系研究科 准教授〔分子細胞生殖医学〕 平池 修)
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