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私が子どもの頃、風邪をひいてのどが痛くなり、母親に近くのクリニックに連れて行ってもらったことがあります。その時クリニックの医師は、ヨード液をたっぷり付けた綿をピンセットでつかんで、私ののどに塗りつけました。ひどく苦くて痛かったのですが、その翌日、のどの痛みがすっかり治っているのに気づきました。
それから何年もたって私は医師になり、今では、のどにヨード液を塗っても風邪は治らないと断言できます。ヨード液のうがい薬も現在、風邪の予防には推奨されておらず、水うがいで十分だと考えられています。では、なぜあの時風邪がすっきり治ったのでしょうか?
◇自然に治る病気への介入
ヨード液をたっぷりのどに塗られた翌日、私の風邪がすっきり治ったのはなぜか。
その答えは簡単です。
風邪は自然に治るからです。私の場合、のどにヨード液を塗っても塗らなくても、翌日には自然に治る程度の軽い風邪だったのです。
「AをしたらBという病気が治った」というのは、「Aの治療効果によってBが治った」のか、それとも「他の理由でBが治ったが、その前に偶然Aをしていた」のか、どちらなのかは分からない、ということに注意が必要です。病気が治る前にした行為と、病気が治ったことには必ずしも因果関係があるとは限らないからです。
風邪に対する点滴や抗菌薬(抗生物質)も同じです。風邪は点滴では治らない、というのは以前の記事で解説した通りですが、その記事を読んできっと、「私は点滴をしてもらったら風邪が治ったことがある!」と反論したくなった人がいるはずです。
残念ながら、点滴で風邪を治すことは医学的に不可能であり、風邪が治ったのは、自然に治る直前に偶然点滴を受けていただけです。
また、原則、風邪は抗菌薬では治りません。風邪はほとんどがウイルスによる感染症であり、抗菌薬は細菌による感染症にしか効果はないからです。ウイルスと細菌は全く別の微生物です。
「この抗菌薬だと風邪が治ったことがある!」と主張したくなる人がいるかもしれませんが、同じように、風邪が治る前に偶然その抗菌薬を内服していただけです。
世の中には「自然に治る病気」がたくさんあります。その病気が治る前にみなさんは、熱いサウナに入ったかもしれないし、おかゆを食べたかもしれないし、市販のサプリメントを飲んだかもしれません。そして偶然に行ったその行為が、病気の治療効果に結びついたのではないか、と誤解するのです。
一方、私たち医療者がこういう誤解をすることはありません。「ある治療が病気に対して効果がある」ということを証明するのがいかに大変かを知っているからです。
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