治療も「ウェルビーング」を念頭に
~多発性骨髄腫と長く付き合う~
血液がんの一種「多発性骨髄腫」。骨髄の中の細胞ががん化する病気で、骨折や腰痛、貧血、腎臓障害などさまざまな症状を引き起こす。高齢になってから発症することが多く、高齢化社会が進むにつれて患者数の増加も見込まれる。

日本骨髄腫患者の会資料より
近年、新薬が次々と登場し、治療が進展。患者の半数が亡くなるまでの期間「生存期間中央値」はかつて約3年とも言われたが、今では自家造血幹細胞移植(自家移植)ができない高齢者でも10年以上と推定されている。自家移植が可能な人では10~15年以上も期待できるようになった。
いまだ根治は難しいが、長く付き合う病気となったため、患者の生活の質(QOL)やウェルビーイングを念頭に置いた治療が重視されるようになってきている。
◇「いいあんばい」で過ごす
世界保健機関(WHO)の憲章は、健康について「病気ではないとか、弱っていないということではなく、身体的、精神的、社会的にも、すべてが満たされた状態(ウェルビーイング)」と定義。ウェルビーイングの概念は広く、心身の健康や幸福などとも使われているが、日本骨髄腫患者の会では「いいあんばい」と言い換えている。

日本骨髄腫患者の会代表の上甲恭子さん
同会代表の上甲(じょうこう)恭子さんは「骨髄腫の治療はずっと続くが、治療するために生きているわけではない。生きるために治療する。骨髄腫と共に生きながら『いいあんばい』で日々を過ごす。これがウェルビーイングではないか」と説く。
同会が2022年に実施した調査では、「元気でいる」「家で過ごす」「身の回りのことが自分でできる」「家族、パートナー、ペットと一緒に過ごす」ことを目指して治療と向き合う患者が多かったという。
QOLを保ちながら生きることを望む患者が多いことを踏まえ、上甲さんは「実際に、治療がうまくいっても元気が出ない人がいる。希望、どう生きたいかを患者と医師ですり合わせないといけない」と話す。
◇患者、医師の治療目標の違い
米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)日本法人の医薬品部門であるヤンセンファーマが行った調査結果(多発性骨髄腫の患者63人と医師105人を対象)では、患者と医師の間で掲げる治療目標の違いが見られた。
治療の目標を尋ねたところ、患者の場合、最も多かったのが「多発性骨髄腫になる前となるべく変わらない生活を送る」(51%)。次いで「自分の好きなこと、やりたいことを楽しむ、続けられること」(48%)、「長く生きる」(40%)だった。
一方、医師では、「全生存期間(OS、治療開始から死亡するまでの期間)の延長」(65%)が最も多く、「無増悪生存期間(PFS、がんの治療中や治療後にがんが進行せず安定した状態である期間)の延長」(60%)、「副作用や有害事象をなるべく抑えコントロールすること」(35%)と続いた。

群馬大学病院の半田寛診療教授
この違いについて、群馬大学病院の半田寛診療教授(血液内科)は「医師が患者の重視していることを軽視しているわけではない」と強調。その上で「医師・医療者の仕事は、患者の人生を支える裏方として、必要だけど目立たない支えをすること。患者と医師は、お互いの目標の違いを知っているべきではあると思うが、目標を同じにする必要はないと考えている」。
◇治療は増えたが複雑に
多発性骨髄腫の治療は一般的に、65歳未満は自家移植と大量化学療法の併用、高齢者らには自家移植をせずに複数の薬剤を使った化学療法を行う。再発するたびに薬の組み合わせを変更したりする。
近年は薬の開発ラッシュで、有効な組み合わせが増えた。さらに、患者の免疫細胞の遺伝子を改変してがんを攻撃する「CAR-T(カーティー)療法」や二重特異性抗体を用いた免疫療法も可能だ。
選択肢が広がって、より一層の生存率改善が期待されている半面、治療は複雑にもなった。
半田氏は治療を決める際、医学的な効果も考えるが、「患者さんが何を重視しているかが大事になってくる」と言い、「患者さんにはどう生きたいのかを伝えてもらいたい」と話した。
上甲さんも、患者が自身の内面から生活、体の痛みまで話すことは、「いいあんばい」に治療と向き合うことにつながると指摘。コミュニケーションがうまく取れるよう、医師との信頼関係や橋渡し役となるかかりつけ医を持つことを患者側に提案していると語った。(及川彩)
(2025/05/09 05:00)
【関連記事】