教えて!けいゆう先生
病院で何度もフルネームを聞かれる理由
患者誤認の落とし穴 外科医・山本健人

何度もフルネームで名乗るのは誤認事故を防ぐため
病院に行くと何度も自分の名前を名乗らされる理由、ご存じでしょうか?
例えば、外来で事務員から「お名前をお願いします」と言われて名乗ったばかりなのに、診察室でも医師から再び名乗らされ、待合室で看護師に確認され、血液検査のブースでもまた名前を聞かれ、挙げ句の果てに会計窓口でも名前を聞かれる。
「さっき名乗ったばかりなのに」
「診察券で受け付けをした時に名前は確認されているはずなのに」
そううんざりする人も多いのではないでしょうか?
実は、病院でこれだけ名乗る機会が多いのには理由があります。
◇なぜ患者が名乗らねばならないか
1999年、ある大学病院で、肺を手術する予定の患者と心臓を手術する予定の患者が取り違えられる事故がありました。
多くの医療従事者が関わっていたにもかかわらず、誰一人として患者の誤認に気づくことなく、それぞれ予定とは異なる手術が行われてしまいました。
こうした事例が問題となり、病院では患者確認を徹底する対策が取られるようになりました。
とはいえ、
「わざわざ患者側に名乗らせる必要はないんじゃないか?」
「医療者がフルネームで呼んで確認すればいいじゃないか」
こう思う人もいるかもしれません。
なぜ、この方法を取らないのでしょうか?
実は、医療者側から確認すると、異なる名前でも「はい」と答える人が多いのです。
不意に自分に向かって「〇〇さんですね?」と呼び掛けられると、自分の名前を呼ばれたに違いない、という先入観から、思わず「はい」と答えてしまう。これは、聴力が衰える高齢者だけでなく、若い人でも起こる現象です。
異なる名前を呼ばれたのに患者が「はい」と答えたために、医療者が患者を誤認して目的とは異なる検査室に案内してしまった、受ける予定のない検査の説明をしてしまった。実害の小さな「ヒヤリハット」は、過去に数え切れないほど起こっています。
しかも、「同姓の患者である」「同じ病気の患者である」「年代や背格好が似ている」など、病院には落とし穴が無数にあります。
そして患者側も、外来の待合室で「次はきっと自分の名前が呼ばれるだろう」と、今か今かと待っているのです。
◇仕組みで防ぐ
ヒューマンエラーをゼロにすることはできません。
こうしたエラーは「仕組みで防ぐ」のが鉄則です。
そこで、全ての場面で患者側から名乗ってもらうのが、全国共通のルールになっているのです。
一般社団法人「医療安全全国共同行動 いのちをまもるパートナーズ」は、「患者さんと医療者によるフルネーム確認」の大切さを呼び掛け、「ふるさと言葉で『お名前をどうぞ』」とキャンペーンしています。
病気でつらいときに何度も名前を聞かれるとへきえきする人もいると思いますが、安全が第一。
ぜひご協力いただければありがたく思います。(了)

山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、累計1200万PV超を記録。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)はシリーズ累計23万部。「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「患者の心得」(時事通信)ほか著書多数。
(2025/05/07 05:00)
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