一流に学ぶ 天皇陛下の執刀医―天野篤氏

(第15回) 大震災もひるまず執刀 =悔悟の念、吹っ切る契機に

 父親の3度目の手術は大学病院の心臓外科部長に執刀を依頼。心臓外科医として5年目の天野氏では歯が立たず、手術を見学することしかできなかった苦い思い出があった。「大丈夫、地震だからいつかは収まる。とにかく逃げるな。作業は止めるな」とみんなを励ましたという。

 「そういうときに、もう一人の自分がささやくわけですよ。どんなときだって何とか切り抜けてきたじゃないか、絶対何とかなる」。病院は自家発電が作動し停電にならなかったおかげで、手術はそのまま続行。余震が続く中、いつも通りの手順で淡々と手を動かしていった。

 緊張すると手が震える外科医は多いが、天野氏は震えない。予定を1時間オーバーしたが、無事手術を終えた。照明が暗くともる院内では、患者らが不安そうに体を寄せ合っていた。外に目をやると、外堀通りに人が群れて歩く姿が見え、震災の被害の大きさに初めて気付いたという。

 天野氏は手術終了を待つ家族に「地震でだいぶ揺れたけれども、ご主人の手術は問題なく終わりました」と伝えると、全員がその場で泣き崩れた。急に自分の家族の安否が気になったが、携帯電話はなかなかつながらない。午後10時ごろ、メールでようやく無事が確認できた。

 父親の手術を執刀できずに20年間ひきずった悔悟の念。天野氏は震災の揺れの中で同じ手術を成功させたことで、ようやく吹っ切れたような気がした。

                      (ジャーナリスト・中山あゆみ)

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