「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿
死因究明だけでなく、警察が得るものないと
~時間たてば遺体の情報捨てることに-司法解剖と向き合う・長崎大~ 【第3回】
講義実習棟にある法医解剖室のプレート=長崎大学医学部【時事通信社】
◇法医学ワークショップを再開したい
新型コロナウイルスの「5類」移行に伴い、行動制限の法的根拠がなくなった今、池松教授が再開したいと考えていることがある。それは、2019年を最後に中断している「九州法医学ワークショップ」という学びの場だ。10年以上前から、法医学に興味のある全国の大学生を長崎に集めて年1回、1泊2日で秋に開催してきた。
法医学の話だけでなく、臨床医や警察関係者、検事、弁護士らを招いて法医の社会的必要性について語ってもらい、学生たちにさらに関心を深めてもらう。また、症例を出してグループごとにディスカッションさせ、真実は何かを発表してもらうプログラムも用意している。参加者は学生が60~70人。法医も全国から10~20人が出席するという。
「基礎研究部門はどこも人が少ない。法医は特にそうです。不採算だから大学の定員削減では真っ先に切られ、若手が大学院にいても将来が見えずに辞めてしまう人もいて、人材は不足している」。だからこそ、こうしたワークショップは大事だと池松教授は考える。
「初めの頃に来てくれた(他大学の)学生たちが、結構法医の道に入ってくれて。学会などで会って、『先生覚えていますか』と声を掛けられることもあります」。そんなエピソードを語るときの口調は、やはりうれしそうだ。
基礎研究棟ロビーの壁面に掲げられた開学の祖ポンぺの言葉=長崎大学医学部【時事通信社】
◇すぐやろう、夜10時でも
限りある人的資源で、法医学教室の実務をどのように回していくか。長崎大では例えば、解剖時の遺体各部の所見は、音声入力システムを使い、法医が解剖を進めながら声で記録していく。サーバーに入力された電子データは、教授が作成したプログラムに沿って抽出され、司法解剖の場合に裁判資料となる数十ページの鑑定書のおよそ半分を自動生成できるようになっている。
4月に長崎市内の下水処理場で、生まれたばかりの乳児の遺体が見つかる事件があった。早々とスマホに流れてきたネットニュースを見て、池松教授は県警にメール連絡し、「解剖するのか」「やるならきょう。あすなら受けない」と書いたという。
「下水道の中は汚かろうから、すぐに傷む。あすになったら(状態が)分からなくなるから、きょうやろう」。乳児の司法解剖は、その日の午後10時ごろから始まったという。
「警察には申し訳なかったが、生きて産み落とされたのか、死産だったのかがすごく大事。腐敗するとそれがかなり難しくなる」と、教授は解剖を急いだ理由を語った。県警とは良好な協力関係が構築されているが、常に緊張感が維持されているのも確かだ。
「司法解剖(の目的)は、死因が分かればいいという考え方ではちょっとどうかと思う。それより何が起きたのか、死の直前にどういうことがあったのか(に迫ること)でしょう。警察にとって得るものがないと駄目です。そうでないと、解剖件数も増えていかない」。社会とのつながりを重視する、現実的な法医学を実感させる言葉に聞こえた。(時事通信解説委員・宮坂一平)
池松 和哉(いけまつ・かずや) 1971年生まれ。96年長崎大学医学部卒。2000年長崎大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系)修了。04年長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授、13年から同教授。22年10月から現職。
(2023/05/25 05:00)
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