「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

想定外の感染力
~発病前のウイルス排出とマイクロ飛沫~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第4回】

 中国で流行が始まった2020年1月から、新型コロナウイルスは飛沫(ひまつ)感染や接触感染で拡大することが分かっていました。病原体の感染力は1人の感染者から何人に拡大するかで判断します。これがインフルエンザでは患者1人から2~3人とされています。当初、新型コロナも同様な感染力と見られていましたが、それ以上の感染力があることが次第に明らかになってきます。今回の連載では新型コロナウイルスの感染力に焦点を当ててみましょう。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真【日本の国立感染症研究所提供】

 ◇歴史上の大量死

 天然痘やはしかのように飛沫感染や空気感染を起こす感染症は、人類が農耕生活を開始する1万年前から流行が始まりました。やがて、オリエント、インド、中国で古代文明が始まると、周期的な大流行を繰り返すようになります。人と人の距離が密になることが、こうした感染症の流行には不可欠なのです。

 ヨーロッパやアジアでは、中世までに天然痘やはしかの周期的な流行が繰り返されることで、住民に集団免疫が成立し、流行が起きても軽症のまま回復するといった状態になります。しかし、それ以外の地域に流行が波及すると、住民の大量死が起こることが、歴史上、いくつも記録されています。

 たとえば16世紀初頭にスペインのコルテスが、中央アメリカのアステカ帝国を征服した時のことです。それまでにアメリカ大陸では天然痘やはしかの流行は起きていませんでした。このため、コルテスの軍隊が持ち込んだこれらの感染症により、約2000万人のアステカ帝国の住民が死んでしまったのです。

 このように、飛沫感染や空気感染する病原体が免疫のない人々の間にまん延すると、甚大な被害が生じます。今回の新型コロナウイルスも未知の病原体であるため、ほとんどの人は免疫を持っていません。もし、感染力や病原性が強い場合は、大きな被害が生じることも予想されましたが、感染力はインフルエンザ並みで、あまり高くなかったのです。

 ◇発病前から感染させる

 しかし、こうした予想を覆す事実が次々と明らかになります。インフルエンザは、主に発病した患者が周囲にウイルスを飛ばして感染をまん延させますが、新型コロナウイルスは発病する前の潜伏期間中から、ウイルスを排出している可能性があるというのです。この点に関しては多くの研究が行われ、感染者は発病する2日前からウイルスを排出し、感染を拡大させることが明らかになりました。

 これが意味するのは、症状が出ている人の対策だけでは、流行の拡大を抑えられないということです。たとえばインフルエンザであれば、発熱など症状のある人に検査を受けてもらえば、感染者を早期に発見し、封じ込めることができます。しかし、新型コロナは症状が出る前からウイルスを排出しているので、症状がある人の早期発見による封じ込めは、あまり効果がないのです。

 さらに、インフルエンザで感染させる可能性のある人は、体調が悪く外出しなくなるため、流行の拡大にブレーキがかかります。しかし、新型コロナの感染者は、症状が出る前の元気な時期からウイルスを排出するため、より広い範囲に感染が拡大してしまうのです。感染者が居酒屋で騒いだり、カラオケで歌ったりすることにより、周囲の人にウイルスを浴びせてしまうことになります。

マスク着用で本会議に臨む参院議員(2020年04月03日)

 ◇せきエチケットからユニバーサルマスクへ

 今回の流行の当初は、せきエチケットという言葉がよく使われました。せきのある人はマスクなどをして、周囲の人に飛沫が飛ばないようにするという対策です。これはインフルエンザでは効果がありますが、新型コロナでは効果は半減してしまいます。なぜなら症状が出る前から感染を防ぐ必要があるからです。

 そこで考案されたのが、症状の有無にかかわらず皆でマスクをするという対策で、これを「ユニバーサルマスク」と呼んでいます。誰でも新型コロナに感染している可能性があるので、全員の口をマスクで覆って、飛沫などによるウイルスの排出を抑えるという方法です。マスクをすることでウイルスの侵入もある程度は抑えることができますが、ユニバーサルマスクの主な目的は感染者からのウイルス排出を防ぐことです。

 ◇3密で起きていた特殊感染

 もう一つ、新型コロナの感染力が想定外に高かった理由があります。それがマイクロ飛沫感染です。新型コロナの流行が始まった当初は、感染経路が飛沫感染と接触感染とされていました。しかし、飛沫感染では感染者から2メートル以内にウイルスが飛散して感染が起きるのに、それ以上離れていても感染する事例が数多く報告されたのです。その後の研究により、新型コロナウイルスは、小さな飛沫の中で空気中を漂い、感染者から2メートル以上離れていても感染し得ることが明らかになりました。これをマイクロ飛沫感染と呼びますが、米国CDC(疾病予防管理センター)は空気感染に近いと紹介しています。いずれにしても、マイクロ飛沫感染があると、通常の飛沫感染より感染力は強くなるのです。

 マイクロ飛沫感染が発生しやすい場所が、いわゆる3密と呼ばれる空間です。換気の悪い密閉した空間に、多くの人が密集し、言葉を交わすなど密に接する。こうした空間に新型コロナの感染者がいると、マイクロ飛沫感染が起こりやすくなります。日本で2020年3~5月の第1波流行時に、ライブハウスやスポーツクラブなどでクラスターが多発しましたが、その多くは3密の空間でマイクロ飛沫感染が起きていたのです。

 ◇マイクロ飛沫感染と瘴気説

 感染症が病原体で起こることが明らかになるのは19世紀の後半でした。それまでは瘴気(しょうき・ミアズマ)が主な原因と考えられていました。瘴気とは湿地や沼地から湧き上がる汚れた空気のことで、それを吸い込むことにより、さまざまな感染症が起きると考えられていました。とくにマラリアは、「悪い空気」のイタリア語(mal-aria)がそのまま病名になっています。

 現代社会で瘴気説は間違った学説とされています。もちろん、蚊に媒介されるマラリアや、ノミに媒介されるペストは、瘴気が原因だったとするのは明らかに間違いです。しかし、マイクロ飛沫感染や空気感染が起こす感染症については、病原体に汚染された空気が原因であり、瘴気説もあながち間違いではなかったと思います。

 空気感染を起こす、はしかや結核はもちろんのこと、新型コロナウイルスで見られたようなマイクロ飛沫感染が過去に起きていれば、広い意味で瘴気(汚れた空気)が原因だったと考えても良いでしょう。科学技術が確立する以前に生きた人々も、経験的にそのように考えたのです。

 新型コロナの流行が拡大するのにともなって、その感染力は想定外に強いことが明らかになってきました。こうした新たな知見を基に、私たちはユニバーサルマスクや3密回避といった新しい対策を考案し、その流行をコントロールしつつあります。(了)

濱田特任教授


 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。



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