「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

パンデミックへの道
~中華圏の春節で増幅、イタリア・イランへ飛び火~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第2回】

 ◇中国発のパンデミック~過去に複数存在~

 パンデミック(世界的大流行)を起こした感染症の中には、中国を震源地とするものがいくつかあります。その多くは中国南部から拡大しています。たとえば19世紀末のペスト流行がその一つです。この時は1860年代に雲南省で発生した流行が94年、香港にまで広がり、そこから全世界へと拡大していきました。香港は19世紀中ごろから英国領になり、国際貿易港として世界各地へとつながっていったのです。

 1957年のアジアインフルエンザ、68年の香港インフルエンザも中国南部で発生し、香港から世界に拡大しています。さらに、2002年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)も、03年2月に香港から世界に拡大しました。このように香港は、中国国内で発生した感染症が世界に飛び出す門戸になっていました。

 しかし、最近の中国は経済発展により、多くの都市に国際線が乗り入れており、全国どこからでも感染症を海外に輸出することができる状態にあります。新型コロナウイルスも、震源地の武漢から中国国内だけでなく、世界各地に拡大していきました。日本国内で最初に感染者が確認されたのは20年1月16日ですが、この感染者も武漢からの旅行者でした。

北京の鉄道駅で、春節を祝うために帰省する人々(2020年01月21日)【AFP時事】

北京の鉄道駅で、春節を祝うために帰省する人々(2020年01月21日)【AFP時事】

 ◇春節による感染増幅

 今回の新型コロナの世界拡大においては、春節が大きな増幅因子になりました。「春節」とは中華圏の旧正月で、この時期に多くの中国人が故郷で家族と過ごしたり、海外旅行を楽しんだりします。近年は春節に日本を訪問する中国人も増えており、その数は毎年100万人に上っています。こうした春節のために武漢から移動する旅行者が、新型コロナを拡大させたのです。もしも、武漢での新型コロナの発生が春節の後だったら、ここまで大きな被害にはならなかったでしょう。

 中国政府は20年1月初旬に感染者数を約40人と発表しましたが、それ以降、感染者は増えていないとの報道を繰り返していました。ところが、タイや日本など海外で感染者が確認されるようになると、世界中から「中国はSARSのときのように感染者数を隠している」との批判が起こります。

 こうした国際的な批判に応えるため、20年1月20日に習近平主席が、新型コロナの感染まん延阻止を中国全土に指示します。その結果、中国政府は武漢だけで既に200人近い感染者が発生していることを明らかにしました。そして、3日後の1月23日、中国政府は武漢の都市封鎖という強硬措置に出たのです。これは春節が始まる2日前で、既に多くの感染者が、中国国内はもとより全世界に拡散していました。

 ◇中国での拡大と病気の実態解明

 武漢封鎖という強硬措置がとられた後も、中国では感染者数が増加し、2月中旬までに7万人を越える数になりました。それでも、都市封鎖や検査の徹底、患者やその家族の外出規制など中国政府の強い対策により、2月下旬までには流行が収束に向かいます。

 2月18日に中国CDC(感染症センター)は、それまでに中国で発生した感染者7万2000人の集計を初めて発表しました。それによると、発病した人の8割は軽度のカゼ症状で回復していますが、2割が重症の肺炎をおこし、約2%が死亡していました。この致死率(発病者のうちの死亡者の割合)からすると、近縁のコロナウイルスでおこるSARSの致死率(約10%)よりも低いということになります。また、ウイルスの感染力がインフルエンザと同様に一人から2~3人に拡大するということも明らかになります。

 このように感染力はインフルエンザに近く、致死率はSARSよりも低いという、新型コロナウイルスの実態が、20年2月下旬までに分かってきたのです。中国での流行も収束に向かいつつあることから、SARSのようにこのまま消えていくのではないか、多くの人々がそんな淡い期待を持っていました。

イタリア南部ナポリ 新型コロナウイルス感染拡大防止のため消毒剤散布(2020年03月19日 )【EPA時事】

イタリア南部ナポリ 新型コロナウイルス感染拡大防止のため消毒剤散布(2020年03月19日 )【EPA時事】

 ◇イタリアとイランへの飛び火

 ところが、2月末から新型コロナの流行は、中国から遠く離れたイタリアとイランで火の手を上げます。最初は少数の感染者の発生でしたが、3月に入るとその数は急増し、イタリアの流行はヨーロッパ全域から北米へ、イランの流行は中東へと急速に拡大していったのです。3月12日、この事態にWHOは世界流行を意味するパンデミック宣言を発します。WHOは今までにインフルエンザの流行でパンデミック宣言をしたことはありますが、それ以外の感染症では初めてでした。

 ヨーロッパでの流行はイタリア、フランス、イギリス、ドイツなど、医療先進国を襲いました。オーバーシュートと呼ばれる感染爆発を起こした結果、感染者数は指数関数的に増加し、死亡者も数多く発生したのです。3月末の時点でイタリアの感染者数は約10万人、死亡者数も1万人を越えていました。

 14世紀に起きたペストの大流行もイタリアから上陸し、ヨーロッパ全域に拡大していきました。今回もそれをほうふつとさせる悲惨な光景が、再現されてしまったのです。

 ◇イタリアと中国の深い関係~シルクロード東西の起点~

 なぜ、中国で起きた流行がイタリアに飛び火したのでしょうか。実は、中世の時代から両国は深い関係にありました。たとえば、12世紀にマルコポーロは、イタリアのベニスから中国の北京近郊までの長い旅をしています。つまり両国はシルクロードの東西の起点だったのです。

 このシルクロード復活による経済発展を計画しているのが中国の習近平政権です。「一帯一路構想」と呼ばれる雄大な構想に、ヨーロッパの先進国として最初に参加を表明したのがイタリアでした。それは19年3月のことで、これ以降、両国の間では経済交流が盛んに行われていました。中国で新型コロナの流行が発生した後も、イタリアを訪れる中国人ビジネスマンは多かったようです。そうした人々の中に感染者がいたため、イタリアに流行が飛び火したと考えられています。

 ◇なぜパンデミックにまで拡大したか~ウイルスの変異~

 このように、今回の新型コロナの流行がパンデミックに至った背景には、中国の一帯一路構想が関与しているようです。これに加えて、イタリアからヨーロッパに拡大している間に、ウイルスの変異が起きたことが確認されています。

 WHOの20年7月24日の発表によると、ヨーロッパ流行中にウイルスの表面にある、スパイクたんぱくと呼ばれる部分が変化をして、人の体内に侵入しやすくなりました。すなわち、感染力が増したと考えられます。この変化の解析は、東京大学の河岡らのグループが、同年11月、Science誌に発表しています。

 このように、中国で発生した新型コロナウイルスは、ヨーロッパ流行中にウイルスの変異を起こし、パンデミックに至るほどのパワーを獲得したのです。ちなみに、日本で20年3月末から起きた第1波の流行も、ヨーロッパから侵入した変異ウイルスが発端となりました。(了)

濱田特任教授

濱田特任教授


 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

連載「新型コロナ流行」の本質【第1回】未知の病原体、世界流行の震源地はどこか 特殊な町 中国・武漢 海鮮市場とウイルス研究所  

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