こちら診察室 よくわかる乳がん最新事情

第11回 転移乳がん、増える薬物療法の選択肢
弱点攻める分子標的薬の開発も 東京慈恵会医科大の現場から

 乳がんが再発する場合は、治療後3年以内に再発することが比較的多いものの、5年から10年以上たって見つかることもあります。他の臓器や骨に遠隔転移した患者に対しては、全身に効果を発揮する薬物療法を行います。化学療法、ホルモン療法、分子標的療法のいずれも多くの薬剤があり、治療法の選択肢は増えています。

 前回は再発・転移乳がんの治療を決める基本的な考え方に触れ、患者の多い「ホルモン受容体陽性、HER2(ハーツー)タンパク陰性」の乳がんを取り上げて、ホルモン療法を中心にした薬物療法を紹介しました。今回は「HER2陽性」のHER2型乳がんに対する薬物療法から説明します。

 HER2型乳がんは、がん細胞の表面にHER2タンパクが過剰に出現しているタイプで、乳がん全体の約20%の症例が該当します。このタンパクの影響で、がんの進行が速いという特徴があります。

 現在、HER2タンパクの活動を抑制する分子標的治療薬がいくつか使えるようになっています(抗HER2療法)。これらの「抗HER2薬」で代表的なものはトラスツズマブです。

  トラスツズマブは人間にもともと備わっている免疫反応(抗原抗体反応)の仕組みを利用して作った薬(モノクローナル抗体薬)です。がん細胞のHER2タンパクに結合してその働きを止める一方、周囲の免疫細胞(白血球のリンパ球の一種であるナチュラルキラー細胞=NK細胞など)を呼び寄せてがん細胞を「狙い撃ち」させる役割を果たします。

  ペルツズマブという抗HER2薬もあります。トラスツズマブと同時に使ってHER2タンパクの働きを止めることにより、さらに治療効果を高めます。

 現在、HER2型乳がんでの第一選択は、トラスツズマブとペルツズマブを使う抗HER2療法に、タキサン系と呼ばれる抗がん剤(パクリタキセル、ドセタキセル、ナブパクリタキセル)による化学療法を組み合わせる治療で、非常に高い効果があります。

 ◇トリプルネガティブ型は化学療法が基本

  次に、「ホルモン受容体陰性、HER2タンパク陰性」のトリプルネガティブ型と呼ばれる乳がんに対する薬物療法について説明します。

 トリプルネガティブ型と呼ぶのは、女性ホルモンの受容体が2種類(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)あって、HER2タンパクと合わせて三つの陰性(トリプルネガティブ)になるためです。

  このタイプの乳がんの多くは、がん細胞の増殖が速く、病気の性質も良くありません。ホルモン療法や抗HER2療法の薬が使えないため、化学療法の抗がん剤で治療を行うのが基本です。

 化学療法にはさまざまな抗がん剤が使われています。現在の第一選択薬はタキサン系の抗がん剤です。またアンスラサイクリン系と呼ばれる抗がん剤(ドキソルビシン、エピルビシン)もよく用いられます。

  一方、治療で生活の質(QOL)の維持・改善を重視する場合は、使用できる病態は限られるものの、副作用が比較的軽いテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(商品名・TS―1)などの飲み薬の抗がん剤が使われることもあります。

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