こちら診察室 介護の「今」
死に場所 第21回
◇入居者が変わる時
入居する高齢者の顔は暗い。「死ぬために入れられた施設」で、より良く生きようとは思わない高齢者がほとんどだ。
気力はなく、言葉も表情も閉ざし、孤立感をまとった日々を過ごす。
しかし、そんな入居者が大きく変わる時がある。特養で営まれる亡くなった入居者との別れの儀式だ。
入居者が亡くなると、それを告げる放送が全館に流れる。故人と近しい関係にあった入居者は、別れのために故人の元に集まる。
葬儀が特養で営まれる場合には、葬儀に多くの入居者が参列する。たくさんの生花に囲まれた祭壇を目の当たりにし、初めて参列する入居者は「特養でこんな葬式を出してくれるのか」と、大きく目を見張る。
葬儀は、故人が信仰していた宗派の作法で行われる。読経を唱える僧侶もその宗派から呼ばれる。
参列者の心を最も揺さぶるのが、故人を担当した職員の弔辞だ。弔辞の文面は、深い敬いと感謝に満ちている。
読経の中での焼香。焼香台まで車椅子を職員が押したり、参列者の元に香炉を職員が運んだりと、参列者の状態に応じて焼香が進む。そして、入居者と職員が手を合わせる中、故人を入れたひつぎが霊きゅう車に向かう。
葬儀に参列した新しい入居者は、ここまで手厚く見送ってくれる特養の職員たちに驚き、「ここなら安心して逝くことができる」と、その時が来るまでの日々を悔いなく、豊かに生きる気持ちになるという。
◇みとり
特養では毎年、入居者が少なからず旅立って行く。病院に入ることを特に希望しないかぎり、原則として特養でみとりが行われる。
その全てのみとりを園長は見届けてきた。一定時間の心臓マッサージを自らの手で行うことも、園長は続けてきた。
最期のその時まで、入居者は懸命に生き、職員も誠心誠意ケアを行う。そんな特養も、この日本には存在する。(了)
佐賀由彦(さが・よしひこ)
1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。
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(2024/01/23 05:00)
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