こちら診察室 舌痛症を考える

心を整える重要性
~レジリエンス②~ 【第6回】(最終回)

 フラストレーションシグナルについて、どのような心理療法を施すのか、前回例示した夫婦に当てはめて考えてみましょう。

 夫婦の現状を振り返ります。夫が仕事に打ち込むあまり、妻は育児と家事を一人で担う状況に置かれています。当初は夫の収入で家計が支えられていたため、子育てと家事に専念することができました。しかし、最近になって体調の変化を感じるようになってきました。検査の結果、特に異常は見つからず、医師から「少し休養を取ることをおすすめする」と言われました。

 ところが、夫はこの状況をなかなか理解せず「病院には問題ないと言われたんだから大丈夫だろう」と妻の訴えに耳を傾けようとしません。さらに、子どもの話を持ち出しても、「週末に聞くよ」と言うだけで実際には対応してくれません。夫婦の会話も減り、疲れ果てた妻は、自分が望む「一緒に育児や家事をするやさしい夫」を得ることができずにいます。

 ◇解釈を変更

 このような状況下で、妻はどのように対処すべきでしょうか。過去と他人は変えられないという前提に立ち、自分ができる行動を選択することが重要です。夫を変えようとするのではなく、自分の生活や健康管理に集中するのが賢明だと考えられます。

 このようなケースでの心理療法についてお話します。まず、脳の外側で起きていることの解釈です。今は「仕事が忙しく妻に冷たい夫」という解釈ですが、事実は「妻の夫」のみです。「仕事が忙しく冷たい」は解釈と言えます。では、これを変える方法を考えましょう。他人と過去は変えられないため、変えられるのは自分の思考と行為です。

 かかりつけ医に「体に異常はない」と言われたので、舌の痛みや体調不良が夫との関係性から来る心理的影響による症状と考えて受診したとします。

 このケースの心理療法では、まず妻の知覚の変更を促し、解釈を少し変えます。夫は出世や収入のために働いているかもしれないが、出世や収入増は誰のためなのか。もちろん夫自身のためですが、同時に「家族のためではないのか」という解釈です。本当のことは違っていても解釈を肯定化する手段です。つまり「仕事が忙しく妻に冷たい夫」→「家族のために忙しく働いている夫」です。この変更だけでも、てんびんの傾きは若干少なくなるでしょう。

 ただ、フラストレーションシグナルは弱くなるかもしれませんが、まだ発生しています。このシグナルが全行動に届き、今までは感情、生理反応にフォーカスしていました。この方向を思考と行為に転換してみましょう。

 ◇思考と行為をセットに

 カウンセリングによって、自分の求めているものに対して、相手や環境を変えることなく自分のできることのみを考えることで、自分が主導し話し合いをしてみるという思考の選択にたどり着きました。

図:車で示した「レジリエンス」のイメージ

図:車で示した「レジリエンス」のイメージ

 車の図で示してみます。以前もお伝えしたように、思考が変わっただけでは車の前輪の片方が動いたにすぎません。行為も一緒でないと車の位置は変わりません。思考と行為がセットになることで感情と生理反応に影響が出ます。

 思考だけでは車のハンドルが切れないため、行為として具体的な日時を決めて夫に伝え、話し合いでけんかにならないための情報を提供し、実践しやすくしました。今まで相談したいと言ってもはぐらかされてしまったために「だって主人が」と相手の責任にすることで自己を正当化していました。しかし、自分の行為は自分に責任があると認識できた時点で、他責にはしなくなり、より一層自分で行動できるようになります。

 ここで説明しているレジリエンス(ダメージから回復する力)の技術としては、

 ・事実に対する解釈の変更(事実は一つ、解釈は多数)

 ・他人と過去は変えられないという原則を常に意識する

 ・自分に起こることは脳の外側での出来事であり情報にすぎない。その情報は自分に対して何かを働き掛けることはない。すべての思考、行為は自分の選択であり、責任であることを意識する

 ・全行動の感情と生理反応から思考と行為に、フォーカスを転換する

 これによって、不運や不幸を他人や病気、環境、年齢、社会、運命のせいと、他責にしていたことが自分にも責任があるという思考になります。自分の責任であれば、自分の選択の結果のため、改善のための行動はいくらでもあるはずです。

 他責にしてしまうと身動きがとれなくなってしまいますが、この思考により自ら行動することで、舌痛症をはじめ、心理的影響によってつくり出された症状や疾患などを打開する大きな契機となることでしょう。(了)


 角田智之(つのだ・ともゆき)
 歯科医師・歯科医師臨床研修指導医・日本選択理論心理学会認定選択理論心理士。明海大学卒業後、日本大学医学部歯科口腔外科学教室、久留米大学医学部口腔外科学教室などを経て、2008年に福岡市で「つのだ歯科口腔クリニック」(現在は「つのだデンタルケアクリニック」)を開設した。

【関連記事】


こちら診察室 舌痛症を考える