水俣病と有機水銀 家庭の医学

 チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀が、熊本県水俣湾の魚介類の中で蓄積濃縮され、毎日魚を食べていた漁民を中心に、視野狭窄(きょうさく)、言語障害、歩行障害などの運動失調や、難聴、知覚障害が発生しました。さらに胎児期に曝露(ばくろ)した場合、先天性水俣病となり、知能発育障害、運動機能障害、嚥下(えんげ)障害などをもつ子どもが生まれました。
 水俣病は1956年に公式に確認され、認定されただけで1300名を超える死者が出た未曾有の公害事件です。しかし、診断基準にあるすべての症状がそろわなければ、水俣病と認定されなかったため、手足のしびれなどが他地域より多いにもかかわらず、それらの患者さんの認定をめぐって裁判であらそわれました。また一時は水俣湾の魚は危険として漁も禁止されていましたが、その後汚染はまったく問題なくなり、1997年には安全宣言が出され漁が再開されました。
 なお、新潟県阿賀野川流域でも昭和電工鹿瀬工場の廃液中の有機水銀化合物により川魚が汚染され、それを食べた住民に水俣同様の神経症状が多発し、新潟水俣病と呼ばれています。
 いっぽう、一般にマグロをはじめとする魚に水銀が多く、それによる危険を警告する報道がありました。ただ、こうした魚には水銀の毒性を弱めるセレンも多いこと、魚には動脈硬化を防ぐ作用があるEPA、DHAなどの不飽和脂肪酸が含まれることなどから、妊娠中などを除き、魚の水銀は特に神経質になることはないと思われます。ただ、昔の体温計や血圧計には水銀が使われていましたが、これらを不注意に廃棄すると環境中に残り続けるので、今は使われなくなり、それらの製品の廃棄には特別な手続きが必要です。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)
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