近年、自閉症スペクトラム障害(ASD)患者は社会的能力だけでなく感覚・知覚についても非定型性を有し、感覚過敏・鈍麻といった困難を抱えるケースがあることが分かっている。東京大学先端科学技術研究センターの辻田匡葵氏らは、ASD患者の視覚世界が体験できるヘッドマウントディスプレイ型シミュレータ(ASD知覚体験シミュレータ)を使用したワークショップを開催し、ASD患者の知覚を体験した前後でASDへの印象がどのように変わるかを検討。その結果、ワークショップ後参加者のASDに抱くネガティブな感情が改善されたとPLoS One2023; 18: e0288586)に報告した。

ワークショップ6週後でも不快感情の低減が持続

 ワークショップはASD知覚体験シミュレータを利用した視覚体験に加え、ASDの非定型な知覚に関する講義、ASD患者自身による感覚・知覚の困難に関する語りを収録したビデオの視聴、ASD患者の知覚を体験した感想を共有する座談会などで構成され、定型発達者217人(女性156人、平均年齢41.3歳)が参加した。視覚体験では、暗い部屋から明るい屋外へと移動する場面、駅のホームで電車を待っている際に高速で電車が通り過ぎる場面、混雑した大学の食堂で食事をする場面を視聴した(図1)。

図1.参加者が体験したASD知覚体験シミュレータ

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 参加者のASDに対する印象は、ワークショップへの参加登録時、参加当日、参加から6週後の計3回、質問紙を用いて測定した。参加当日の測定は、ワークショップ終了直後に測定する群と、ワークショップ開始前に測定する群に分けて行った。質問紙は4つの下位尺度(不快感情、平静感情、認知、行動)でASDに対する態度を測定できる多次元態度尺度を用いた。架空の主人公が初対面のASD患者とカフェで交流する場面の物語として構成され、参加者は主人公がどのような態度を経験すると思うかを回答した。

 辻田氏らは各下位尺度について、ワークショップ直後および6週後の態度を参加登録時と比較した。すると、ワークショップ直後の不快感情が参加登録時と比べ有意に低かった。さらに、不快感情の低減は6週後においても持続していた(図2)。不快感情の低減はワークショップ開始前に測定した群では認められなかった。これらの結果から、ワークショップに参加してASD患者の知覚を体験したり、ASD者の語りに触れたりすることで、ASDに対するネガティブな感情が持続的に低減することが示唆された。

図2.多次元態度尺度の下位尺度の結果

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(図1、2とも東京大学先端科学技術研究センタープレスリリースより引用)

「席を立ち離れる」などの行動の増加は差別的回避行動にあらず

 下位尺度のうち平静感情、認知についてはワークショップ直後、6週後ともに態度の変化は認められなかった。一方、「席を立ち離れる」などの行動についてはワークショップ直後では変化がなかったが、ワークショップ6週後では参加登録時よりもむしろ増加していた。不快感情は6週後でも低減していることを考慮すると、ASD患者に対して差別的に回避行動を取ったのではなく、カフェで見知らぬ相手とコミュニケーションを取るというASD患者にとって負担になる場面に対する配慮行動としてこのような回答傾向になったと推察された。

 辻田氏らは「ASD患者が有する感覚知覚の非定型性については徐々に社会に浸透しつつあるものの、その困難を低減させるような配慮は十分に整備されていない。ASD知覚体験シミュレーターを用いたワークショップを通じ、定型発達者のASDに対するネガティブな感情が改善されることで、ASD患者が自身の可能性を十分に発揮できる社会の実現が期待される」としている。

(編集部)