産湯には出産に伴う汚れを洗い流すだけでなく、新生児を清め、健やかに育つことを願う儀礼的な意味がある。日本では産湯(沐浴)の習慣が長らく行われてきたが、近年、出産直後の洗浄がかえって皮膚トラブルを招くとして、血液などの汚れのみを拭い胎脂を残すドライテクニック(DT)を行う施設が増えてきた。しかし、どちらが新生児の保清方法として適しているのかを示すエビデンスはまだない。大分県立看護科学大学助産学研究室の樋口幸氏らは沐浴とDTの皮膚への影響を比較する前向き観察研究を行い、DT群の方が新生児の皮膚の健康をより良好に維持したと報告した(Ann Dermatol 2023; 35: 256-265)。

沐浴群とDT群で生後1〜5日の皮膚バリア機能などを比較

 生まれて間もない新生児の皮膚は成人の3分の1の厚みしかなく、角質層の成熟に生後2〜3日を要するなどバリア機能が低い状態にある。そのため、沐浴で体を温め胎脂を取り除くと、末梢血管の拡張および急激な肺血流増加に伴う体温低下、肺出血、皮膚の外傷による易感染性などのリスクが高まる。一方、DTは胎脂を温存することで新生児の未熟な皮膚バリア機能を補い、皮膚の正常な機能を維持する保清方法で、日本では2000年以降導入施設が増えている。しかし、樋口氏らが行った全国調査(2013〜14年)では、回答が得られた分娩取り扱い施設の60%以上で出生当日からせっけんなどを用いた沐浴を連日実施していた。この結果は従来の産湯を行う沐浴とDTのどちらが新生児の皮膚に適しているのか、専門施設でも判断が分かれていることを示す。

 そこで同氏らは、出生直後に入浴させる沐浴群とDT群で生後1〜5日の皮膚バリア機能、皮膚所見および炎症性マーカーを比較し、新生児の保清方法としての有効性を検討した。対象は、国内の2施設〔A(産湯を含む従来の沐浴を実施)とB(DT実施)〕で2015年2〜3月に生まれた出産までの経過が正常な新生児80例。観察期間を生後1〜5日とし、施設A(沐浴群36例)では出産直後からせっけんを用いた沐浴を1日1回行い、施設B(DT群44例)では生後1〜4日はDTを、5日目にせっけんを用いた沐浴を行った。2施設とも同じせっけんを用い、沐浴後に保湿剤は使用しなかった。

皮膚バリア機能、皮膚所見、炎症性マーカーのいずれもDT群が良好

 皮膚バリア機能の評価には、透過性バリア機能の指標とされる経表皮水分蒸散量(TEWL)と抗菌性バリア機能の指標である表皮pHを用いた。5つの観察部位(額、頬、胸部、腕、臀部)における生後5日までの数値を毎日比較したところ、TEWLは全ての部位でDT群が沐浴群に比べ低値で、バリア機能が良好な状態に保たれていることが示された。皮膚pHは両群とも経時的に低下したが、DT群で有意に低値を示し(P<0.05)、より早く弱酸性に傾くことが示唆された。

 皮膚所見はカメラで撮影した画像に基づき、共同研究者の皮膚科医が肌荒れ、浸潤と落屑について出産直後から生後5日まで毎日評価した。保清方法や対象の情報は盲検化した。沐浴群で臀部以外の部位に経時的に増強する炎症性の変化が認められたが、DT群は限定的な変化にとどまった()。

図.生後5日間における皮膚所見発現率

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Ann Dermatol 2023; 35: 256-265)

 炎症性マーカーの評価には腫瘍壊死因子(TNF)αおよびインターロイキン(IL)-6を採用、胎脂の影響が少ない部位である頬と胸部を対象に生後1、3、5日の発現率を調べた。その結果、TNFαは頬、胸部ともに測定した3日間とも沐浴群の発現レベルがDT群より有意に高かった(P<0.05)。IL-6は胸部では有意に沐浴群の発現率が高かったが(P<0.05)、頬では差が見られなかった。この明確な理由は不明だが、頬は外的刺激にさらされていることが影響している可能性があるという。

 今回の結果を踏まえ、樋口氏らは「胎脂を温存することで外部からの刺激を最小限に抑えるDTの方が、出生直後の皮膚バリア機能を損なわず、炎症反応を抑制すると考えられる」と結論。今後は、バイオマーカーを用いたエビデンスの構築と長期の追跡調査による検証を要すると付言している。

(編集部)