アトピー性皮膚炎は症状の違いによる分類の他、症状の原因となる遺伝的特徴や生理学的背景などに基づく分類が可能であるとされる。このような分類をエンドタイプと呼び、特定の治療に対する患者ごとの反応の違いに強く関連すると考えられている。しかし、エンドタイプの分類方法は確立されていない。理化学研究所生命医科学研究センター免疫器官形成研究チームの関田愛子氏らは、アトピー性皮膚炎患者の皮膚組織と血中の遺伝子発現解析を実施。アトピー性皮膚炎としてひとまとめにされてきた多様な皮膚症状の根底には、異なる分子病態が関わっていることを見いだした。また、1年間にわたる血液の時系列データの解析から、患者ごとの病勢パターンと遺伝子発現変動パターンが関連することなどを明らかにし、Nat Commun(2023; 14: 6133)に報告した。
紅斑と丘疹に関連する遺伝子発現パターンを解明
関田氏らはまず、アトピー性皮膚炎患者115例と健康人14例の皮膚組織および血液の RNAシークエンス解析を行い、各組織における遺伝子発現量を網羅的に調べた。アトピー性皮膚炎患者における皮膚組織と血液との組織間の相互作用を調べるために、サイトカインなどの可溶性因子とその受容体の遺伝子が同時に発現している状態(共発現)に着目した組織間相互作用解析を行ったところ、健康対照群に比べてアトピー性皮膚炎患者群では、皮膚-皮膚だけでなく皮膚-血液の組織間相互作用の度合いが増大していることが示された。
すなわち、アトピー性皮膚炎の病態には皮膚組織と血液が互いに作用し合いながら関与しており、両者の遺伝子発現量を統合して解析することが病態解明に重要と考えられた。
そこで同氏らは、各組織における遺伝子発現量を、遺伝子間の共発現の大きさに基づいて次元圧縮した。アトピー性皮膚炎患者の横断データを用いて、共発現する遺伝子同士を1つのグループにまとめる遺伝子発現モジュールを定義することで、データ次元数を大幅に削減できるだけでなく、アトピー性皮膚炎に特徴的な遺伝子発現パターンを強調することが可能になる。
解析の結果、皮膚組織で21モジュール、血液で15モジュールをそれぞれ同定した。これらのモジュールを構成する遺伝子群は各免疫細胞種や皮膚細胞種に特異的な発現パターンを持つこと(図)、免疫制御や代謝など特定の分子の反応に関わっていることが、Human Protein Atlasなどの公共データベースを活用した解析により明らかとなった。
すなわち、これらのモジュールはアトピー性皮膚炎の病態に関連する生物学的機能を反映した遺伝子の集団であることが示唆された。
図.遺伝子発現モジュールの細胞種ごとの発現特異性と遺伝子ネットワークのイメージ図
(理化学研究所、慶應義塾大学医学部、大阪大学プレスリリースより)
次に同氏らは、病型多様性の1つの切り口として紅斑と丘疹に着目し、それぞれの皮疹性状の度合いと皮膚組織の遺伝子発現モジュールの関係性を解析した。
その結果、紅斑には皮膚のケラチノサイト、皮膚に分布する単球や樹状細胞、血液の制御性T細胞で主に発現するモジュールが寄与していた。一方、丘疹には血液のB細胞とCD4陽性T細胞、皮膚の血管内皮細胞および線維芽細胞で主に発現するモジュールが寄与していることが分かった。
これらのことから、アトピー性皮膚炎としてひとくくりにされてきた多様な皮疹性状の根底には、異なる分子病態が存在することが示された。
患者ごとの病勢パターンと遺伝子発現変動パターンが関連
関田氏らはまた、アトピー性皮膚炎患者30例について、1年間にわたる血液の時系列データを解析し、病勢パターンと遺伝子発現変動パターンの関連解析を行った。
まず、血中の遺伝子発現の時系列特徴量に基づき患者を検討したところ、自然免疫に関わる分子シグネチャーが1年間にわたり①比較的高値で安定な群、②高値と低値の変動が大きい群、③比較的低値で安定な群−に分類された。これらの患者の症状の時系列特徴量を照らし合わせると、症状の推移は、①では比較的重症な状態が継続的に続く、②では寛解と増悪を繰り返す、③では比較的軽症な状態を維持していることが判明した。
さらに、①は免疫抑制薬服用歴のある患者が多く、いわゆる難治性アトピー性皮膚炎と高度に重複していることが示唆された。以上のことから、患者ごとの病勢パターンと遺伝子発現変動パターンが関連すること、これが患者の治療履歴を反映していることが示された。
今回の結果を踏まえ、同氏らは「アトピー性皮膚炎については、今回着目した皮疹性状や病態推移以外にも、気管支喘息などの合併症の有無や遺伝的素因といったさまざまな切り口で病態の多様性を議論できると考えられる。今後は、より広範囲の臨床情報および生体分子の網羅的情報を統合し解析することで、患者の多様性およびアトピー性皮膚炎のエンドタイプについて理解を深めるとともに、各患者に応じた治療標的の同定を通じて個別化医療の実践につなげることが期待される」と展望している。
(編集部)