医学トップの視座

リサーチマインドを育成
テクノロジー革命時代の医学教育-日本医科大学

 ◇伝統に根ざした「救急」

 建学の精神は済生救民(貧しく病で苦しむ人々を救う)、学是は克己殉公(己に克ち、広く人々のために尽くす)。黄熱病の研究をした野口英世、第2次世界大戦後のドイツで医療活動に尽力した肥沼信次など、歴代の卒業生たちが、その精神を体現してきた。

 「建学の精神や伝統を現在にしっかり受け継いでいるのが、救急です。日医大の救急はかなり有名で、今度の新病院でも60床を超える国内最大規模の救命センターを整備しました」。08年に放送され、映画にもなった医療ドラマ『コード・ブルー‐ドクターヘリ緊急救命』の医学監修を務めたのは、同大学救急医学教授の松本尚氏だ。

ドクターヘリ

 「ドラマの内容は実際の現場に非常に近いので、講義のときに見せることもあります。臨床実習で救急の現場に行くと、使命感にあふれて働く医師の姿を間近でみることができる。そうした先輩医師たちと接することで、バランスのとれた人間性が受け継がれていくのだと思います」。カリキュラムの中に、心を育てるプログラムも用意されているが、むしろ現場の雰囲気の中で自然に身に付けていくことが大切だという。

 ◇女性医師を積極支援

 日医大は女性学生比率が高い。「女子学生は増えてきています。受験生としては37%、入学者としては47%くらいです」。昨年度から学費を2,770万円から2,200万円に下げたことで、さらに女子学生が増えたという。

 「国立との併願が増えて、地方の国立と両方受かったとき、日医大を選ぶ女子学生が多かったようです。学内の施設も女性用を増設する状況になっています」。女性医師支援は法人内に設けられた「女性医師・研究者支援室」が行う。ベビーシッターや病児保育への対応、ワークシェアによるキャリアの継続など、支援内容は多岐にわたる。

 「同じような状況の人が2人で1人分の仕事をワークシェアして、子育て中もキャリアを中断せずに継続できるシステムも出来ています。私の呼吸器内科でも、実際にそのシステムで働いている女性医師がいます」

 女性研究者への支援も積極的に行っている。女性の研究者が取り組んでいるものの中で、大学院生や医学部生が関心を持った研究テーマがあれば、放課後や長期休みの期間に、アルバイトで研究者の手伝いをする。アルバイト代は学校の負担だ。

 「研究者支援システムを利用している人も数人いますし、女性医師への留学支援も始めています。一番の問題は家族の理解で、そこは個人的な問題になりますが、留学する女性医師も増えてきています」

インタビューに応える弦間昭彦学長

 ◇良心に従って仕事をする

 弦間学長は開業医の家に生まれ、従兄弟の大半7人が医師という医師家系。一時は法学への道も考えたが思い直し、日医大に入学した。「開業医の父親を見ていて、良心に従って仕事をして、それが感謝されるというのは一番幸福だと感じました」

 呼吸器内科医を目指したのは、医学部時代に読んだ柳田邦男のノンフィクション『ガン回廊の朝』の影響。国立がんセンターの黎明(れいめい)期、がんの早期発見、治療法の確立に奮闘した第一線の医師たちの姿を描いた話題作だ。

 登場人物に、日医大の卒業生で後に日本医師会長を務めた坪井栄孝氏がいた。弦間学長より30年近く上の世代になるが、若き日に国立がんセンターで肺がんの早期診断にむけて懸命に取り組む姿を読んで憧れた。弦間学長が医学部を卒業する頃、坪井氏は郷里の福島県郡山市に坪井病院を開業していた。

 「坪井先生のことは本の中で知っていましたが、実際にお会いしたのは、郡山の坪井病院に伺ったときが初めてでした。そこでいろいろとお話を聞くうちに、やはり一番やりがいがあるのは、がんだと思いました」

 ◇国立がんセンターで研修

 坪井病院で2年間修業を積んだのち、「私が病理をやりたいというと、坪井先生や仁井谷教授が国立がんセンターの病理部を紹介してくれたのです。5年間、必死に働きましたが、第一線の先生方に間近で接することができたことが大変勉強になりました」。

 日医大に戻ってからは、講師、助教授、主任教授、医学部長から学長へと順調に昇進。3年前に学長に就任してからは、大学改革に奔走する日々が続く。「ここ2年くらいで大学の経営状態もかなり改善され、学生にも還元しようと学費の値下げも出来ました。研究費獲得も増えてきましたし、今のところ順調にいっています」

 ◇AI時代をリードする人材を

 近い将来、医療分野にもAIの導入が進んでいくことが予測される。「医師の仕事の30%くらいはAIがするだろうという予想があります。そうした時代を迎えるにあたって、医師が人としてやらなければいけないところ、という部分をしっかり認識して自分を磨いてほしい。できればそういう時代をリードする人材が育ってほしいと願っています」

【日本医科大学の沿革】
1876年 日本医科大学の前身である医師養成学校「済生学者」設立
1904年 私立日本医学校、私立東京医学校 設立
  10年 私立日本医学校、私立東京医学校と合併
      駒込千駄木町に付属駒込医院を開設(現在の付属病院)
  12年 私立日本医学専門学校となる
  19年 日本医学専門学校と改称
  26年 日本医科大学に昇格
  37年 付属丸子病院を開設(現在の武蔵小杉病院)
  52年 新制日本医科大学となる
  60年 日本医科大学大学院医学研究科を設置
  77年 付属多摩永山病院を開設
  94年 付属千葉北総病院を開設
2006年 学校法人日本医科大学の創立130年記念式典を開催
  07年 教育棟・大学院棟完成
  14年 日本医科大学新丸子校舎が武蔵境へ移転
      新病院前期工事完成・外来診療開始
  18年 新病院グランドオープン

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