特集

クルーズ船の経験を無駄にしないために
新型コロナウイルスの脅威の中で過ごした46日間 艦詰日記〜ダイヤモンド・プリンセス号乗船から帰国まで〜⑨
元日教組情宣部長 防災士 平沢 保人


 ◇情報統制は不信を生むだけ

 ここからは、今回の経験で私が気になったこと、教訓にすべきことを記しておきたい。2月21日のニュースで、厚労省は20日以降、下船者に渡す健康カードに「2週間は健康状態を毎日チェックし、不要不急の外出は控える」と書き加えたという。19日に下船した人は、公共交通機関を使ってすでに帰宅していた。無罪放免から一転、事実上の2週間の自宅待機を命じられたようなものだ。

 もう一つ、下船してから陽性が確認された静岡の乗客が、20日の下船後にすぐスポーツジムを利用したことで批判された。この人も「不要不急の外出は控える」と書かれた健康カードはもらっていなかった。

3種類のカード。左から、2月19日実際に配布(自宅待機要請なし)、20日配布予定(要請あり)、21日配布(要請なし)

3種類のカード。左から、2月19日実際に配布(自宅待機要請なし)、20日配布予定(要請あり)、21日配布(要請なし)

 その後の報道で、厚労省は3月15日、「新たに15人の感染が確認され、乗員乗客の感染者数は計712人になった」と発表。一方、下船者1011人中の健康状態を調べたところ、7人が陽性(249人に検査を実施。残りは検査をしていないから、無症状などの感染者がいることは否定できない)だったと発表した。厚労省の方針が間違いでなかったのなら、7人の感染者についてはどう説明するのだろうか。

 実は、報道された記事の最後には、「健康カードのうち、一部の人に『不要不急の外出は控える』との文言が漏れたカードを渡していた可能性がある」「船内の連絡ミスが原因」とあった。

 調べてみた。3月15日、厚労省は「クルーズ船内で14日間の健康観察期間が終了し下船した方に対する健康フォローアップの終了について」というプレスリリースを出した。

 そこに、「実際に配られた物」と「配る予定だった物」が資料として載せられていた。「実際に配られた健康カード」には「2/19配布(2/20以降も配布された可能性あり)」と注意書きがあり、「配る予定だった健康カード(2/20以降配布予定としていたもの)」には、最初に「この紙は2週間お持ちください」と書き加えられ、「2週間は不要不急の外出を控える」として、マスク着用や体温測定などを求めていた。

 プレスリリース本文は「2月20日以降の下船者に配布した健康カードについて、本来配布する予定であった物とは異なる健康カードが配布されていた可能性がある」と説明している。ミスの原因については触れていないので、「船内の連絡ミスが原因」というのは取材によるものかもしれない。

 そこで、クルーズ船検証の1級史料といえる「だぁ(On board the Diamond Princess / 乗船中乗客)」さんのツイッター(@daxa_tw) で確認してみた。「だぁ」さんは船内放送だけでなく、船内配布物もほぼすべてアップしている。私は19日未明に韓国に向かったから、19日に始まった下船時の様子を知ることはできなかったが、「だぁ」さんは21日に下船していた。

 しかし、「だぁ」さんがもらった「健康カード」には「2週間は外出を控える」の文言は入っていない。そして、最上段には「差替え」と印刷されている。これは厚労省のプレスリリースの資料にはない。ここからは推測になるが、恐らく、21日に下船した人にも「2週間は外出を控える」と記された健康カードは配られなかったのではないか。

 つまり、下船した乗客の誰にも2週間の自宅待機は通知されなかったのではないか。しかも、その原因を「船内の連絡ミス」で片付けようとしたのではないか。

 かわいそうなのは、厚労省の方針に従って下船した静岡の乗客だ。「自宅待機」を言われていないのでスポーツジムに行ったところ、世間から袋だたきに遭った。コロナハラスメントの被害者だ。責められなければならないのは、厚労省の方だ。

 厚労省に出した要望書の最初に、「情報統制は不要、情報公開を」と書いたが、情報を隠したり、発表を遅らせたりしても何も良いことはない。不信感を生むだけで、災害時には一番慎まなければいけないことだ。良い情報も、悪い情報も(大体、悪い方が多いが)できるだけ早く公開すること。「○○の発表することなら間違いない」と信頼を得るには時間がかかるが、信頼を失うのは一瞬だ。

 災害時、情報収集はボトムアップ、判断はトップダウン、これが原則だ。適切に情報を収集し、蓄積された経験と専門家の知見で分析し、そして積極果敢に判断する。「躊躇(ちゅうちょ)なく」を繰り返し言っているうちは、躊躇している証拠。間違いはないに越したことはないが、間違えたら、皆そろって道を戻る。ばらばらな道を行くよりよほどいい。

 東日本大震災の「釜石の奇跡」を思い出してほしい。情報が錯綜(さくそう)する中でも、確かな情報を基に自分で判断する。自分の命を守るのは自分の責任。死んでから誰かに責任を取ってもらっても、何の意味もない。あの聡明な釜石の子どもたちに学ばなければならない。情報は生死を左右する。

 もう一つ、災害時の原則は「自助、共助、公助」。このうち「自助」が基本だ。マスク、手洗い、咳(せき)エチケット、自分の身は自分で守る。お上がすべてやってくれると期待してはいけない。


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