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乳がん患者さんの再発に対する恐怖をスマートフォンアプリを用いて軽減することに世界ではじめて成功 名古屋市立大学 愛知県がんセンター 日本がん支持療法研究グループ 国立がん研究センター 京都大学 キャンサー・ソリューションズ


図 3 試験デザイン

図 3 試験デザイン

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 2018年に国立がん研究センターが行った患者体験調査では、身体の苦痛や気持ちのつらさを和らげる支援(支持療法)は十分であったと回答したがん患者さんは全体の43%にとどまっており、我が国におけるがん患者さんへの支持療法は十分であると言える状態ではありません。がん罹患者数が毎年100万人を超える今、がん患者さんへの支持療法は今後、より不可欠なものになってきます。また、スマートフォンの利用者の増加に伴い、デジタル技術を用いた新しい医療やヘルスケア領域の開発は今後も重要性を増すのではないかと思います。

 また今回、分散型臨床試験という新たな研究基盤を開発して研究を行った結果、多くのフルタイムで就労されている方にご参加いただくことができました。これは、がんの治療のみならず、患者さんの生活の質の向上に必要な支持療法を受けながら、仕事も両立させることを可能とすることを意味しています。今後、分散型臨床試験の基盤を広く社会に実装していくことで、患者さんの負担を、体力的な側面のみならず、時間的にも経済的にも軽減しながら、支持療法の開発を加速することが可能です。また、今回のデジタルデバイスを用いた研究をDCTで行う取り組みは、内閣府が提唱する目指すべき未来社会(Society 5.0:サイバー空間[仮想空間]とフィジカル空間[現実空間]を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会)の実現を目指すという目標と合致しています。

図4 研究に参加した患者さんの背景

図4 研究に参加した患者さんの背景

【用語解説】

注1)分散型臨床試験 (Decentralized clinical trial:DCT)

 ホームページ上の研究説明ビデオや文書で研究内容を紹介したり、電磁的な方法でインフォームドコンセントを取得したり、スマートフォンを通して必要な情報を得たりなど、患者さんが来院しないでも遠隔的に臨床研究に参加できる仕組みをさします。この仕組みを使うことで、以下のメリット・デメリットがあることがいわれています。

メリット

●患者さんの通院の負担と医療者の労力を大幅に軽減

●研究の質の向上が見込まれる

デメリット

●患者さんのICTに関するリテラシーの差が結果に反映される

注2)患者市民参画(Patient and Public Involvement: PPI)

医学研究・臨床試験プロセスの一環として、研究者が患者・市民の知見を参考にすることです。

PPIを推進することにより以下のことを実現することを理念としています。

●患者さんにとってより役に立つ研究成果を創出する

●医学研究・臨床試験の円滑な実施を実現する

●被験者保護に資する(リスクを低減する)

図5 再発に対する恐怖の評価

図5 再発に対する恐怖の評価

注3) 支持療法

 支持療法とは、がんそのものによる症状やがん治療に伴う副作用、合併症、後遺症による症状を軽減させるための予防、治療、およびケアのことであり、これにはがんの診断・治療・リハビリテーション・終末期ケアの全経過の身体的および心理的な症状緩和や副作用の管理が含まれます。口腔ケアやリハビリテーションの強化、二次がんの予防、サバイバーシップ、終末期ケアは、支持療法に不可欠な要素です。

注4) J-SUPPORT

 J-SUPPORT (Japan Supportive, Palliative, and Psychosocial Oncology Group)は、支持療法の開発戦略をもちオールジャパン体制で開発から普及・実装を支援する研究組織です。国立がん研究センター研究開発費(27-A-3、30-A-3, 2021-A-22)により 2016 年 2 月に設立され、国立がん研究センター中央病院支持療法開発センターとがん対策研究所に事務局を置いています。

 J-SUPPORT ではこれまでに、全国から研究支援依頼を受け、その結果、19 件をアンメットニーズに応える質の高い支持療法研究として承認し、診療ガイドラインなどに導出してきました。また、本試験は、患者さんの研究への早い段階からの参画を後押しし解析結果が得られた、初めての臨床試験の成果となります。詳細は以下をご覧ください。

J-SUPPORT  URL:https://www.j-support.org/

図6 抑うつ・心理的ニードの評価

図6 抑うつ・心理的ニードの評価

注5)認知行動療法 (Cognitive behavioral therapy)

 人が悩みを抱え込んでいる状態では、多くの場合、対処方法、つまり考え方や行動パターンが狭くなり行き詰まっています。そこで、認知行動療法では、考え方や行動のレパートリーを広げることにより、心理的な苦痛を軽減します。

【研究助成】

Ÿ日本医療研究開発機構 革新的がん医療実用化研究事業

 「乳がん患者の再発不安・恐怖に対するスマートフォン問題解決療法および行動活性化療法の有効性:無作為割付比較試験」主任研究者 明智龍男

Ÿ日本医療研究開発機構 革新的がん医療実用化研究事業

「がん患者の抑うつ・不安に対するスマートフォン精神療法の最適化研究:革新的臨床試験システムを用いた多相最適化戦略試験」主任研究者 明智龍男

Ÿ文部科学省科学研究費補助金 基盤B

「致死的疾患の再発・転移の不安、恐怖の評価法の確立おおよび新規心理学的介入方法の開発」 主任研究者 明智龍男

Ÿ名古屋市立大学特別研究奨励費

乳がんサバイバーの再発不安・恐怖に対するInformation and communication technology(ICT)を応用した問題解決療法の有用性に関する予備的検討」主任研究者 明智龍男

【論文タイトル】

Smartphone psychotherapy reduces fear of cancer recurrence among breast cancer survivors: a fully decentralized randomized controlled clinical trial (J-SUPPORT 1703 Study)

スマートフォンによる乳がんサバイバーの再発恐怖の軽減:完全分散型無作為割付比較試験

(J-SUPPORT 1703研究)

【著者】

明智龍男1)、山口拓洋2)、内田恵1) 、今井文信1) 、樅野香苗3)、香月富士日3)、

桜井なおみ4)、宮路天平5)、益子友恵6)、堀越勝7)、古川壽亮8)、吉村章代9)、大野真司10)、植弘奈津江10)、檜垣健司11)、長谷川善枝12)、赤羽和久13)、内富庸介6)、岩田広治9)

所属

1)名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学

2)東北大学大学院医学系研究科

3)名古屋市立大学看護学部

4)キャンサー・ソリューションズ(株)

5)東京大学大学院医学系研究科 臨床試験データ管理学講座

6)国立がん研究センターがん対策研究所

7)国立精神・神経医療研究センター

8)京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学

9)愛知県がんセンター乳腺科部

10)癌研有明病院乳腺外科

11)ひがき乳腺クリニック

12)八戸市立市民病院乳腺外科

13)赤羽乳腺クリニック

【掲載学術誌】

学術誌名

ジャーナル・オブ・クリニカル・オンコロジー(Journal of Clinical Oncology)

DOI番号:https://doi.org/10.1200/JCO.22.00699

【研究に関する問い合わせ】

名古屋市立大学 大学院医学研究科 教授 明智 龍男

〒467-8601

名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
E-mail:takechi@med.nagoya-cu.ac.jp

【報道に関する問い合わせ】

名古屋市立大学病院

病院管理部経営課

〒467-8601

名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1

TEL:052-858-7113 FAX:052-858-7537
E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp

愛知県がんセンター

運用部経営戦略課企画・経営グループ

〒464-8681

名古屋市千種区鹿子殿1番1号
TEL:052-762-6111(代表)   
E-mail:tmushika@aichi-cc.jp

国立がん研究センター

企画戦略局 広報企画室

〒104-0045

東京都中央区築地5-1-1
TEL:03-3542-2511(代表)FAX:03-3542-2545
E-mail:ncc-admin@ncc.go.jp

京都大学

総務部広報課国際広報室

〒606-8501

京都市左京区吉田本町
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-Mail: comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp 

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