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心臓内の『渦血流』を同定する理論を世界に先駆けて構築 ~心血流の渦のパターンを文字化し、早期に心不全を発見する可能性~

3.波及効果、今後の予定

今後の予定:

 研究成果は、心エコーや心臓MRIなどの医療用画像診断機器から得られる「渦流解析」に、曖昧さのない文字列を付与し、渦血流の機能を定量的に評価することができます。この技術は特許として国内・海外出願も済ませていますが、本当の社会的インパクトは、この理論が心臓の医学生理学上の問題を解決する基礎医学や、循環器疾患の診断や治療を変革するように臨床医学に実用されることで初めて出てくるものです。Cardio Flow Design社では、本理論を実装する心臓エコー解析ソフトを開発しており、クリニックレベルでも簡単に血流解析ができる世界を5年以内に実現したいと考えております。

波及効果:

 心臓は血液を全身に駆出し、効率よく全身臓器に酸素を運搬するためのポンプですが、これまではポンプ全体の定量評価は難しく、心臓弁や血管などの構造物の異変しか診断できていませんでした。

図2(a)健常な心臓の心エコーVFMデータ とTFD解析で得られた渦流領域(赤) (b) 心不全患者の心臓の心エコーVFMデータとTFD解析で得られた渦流領域(赤と水色)

図2(a)健常な心臓の心エコーVFMデータ とTFD解析で得られた渦流領域(赤) (b) 心不全患者の心臓の心エコーVFMデータとTFD解析で得られた渦流領域(赤と水色)

 この研究成果を通じて、これまで非常に重要な役割を果たしていると信じられていながらも明確に捉えられなかった心臓血流内の渦血流が曖昧さなく同定され、またそれを支える周囲の血流の構造が余すところなく解明されます。これにより、長年人類の神秘とされてきた渦流の役割やメカニズムが明確になり、医学生理学分野での基礎研究として意義が生まれてくるであろうと考えます。また心疾患の診療においても、例えば図2に示すように、健常例(a)と比べて心不全例(b)では渦血流の領域がどのように分離し崩れていくのかなどが明らかになり、また、質的な差として数学的に表現され、心不全などの心疾患ではなぜ血流の拍出効率が悪くなるのかといった病態自体の解明が期待されます。

 この研究成果からは心臓の機能の本質である心臓血流そのものが診断され、心臓渦の構造の異常を見分けることができます。これは、まるで遺伝子変異をDNAから解読するように、渦パターンを表記した文字列から渦異常を検出して、詳細に心臓異常を解析するようなものです。さらにはこのパターンの経時的な変化から心疾患の心機能予後や治療効果などを予測できるようになるため、次世代の心機能ステージ分類などができ、より見通しの良い高品質の医療が実施できる可能性があります。こうした渦血流研究の発展でメリットを享受できる心疾患患者さんは、国内のみでも心臓弁膜症200万人、心筋症25万人、先天性心疾患50万人と非常に多く、渦流トポロジー解析が心臓疾患の系統分類を変え予後予想ができるようになった場合、これらの疾患全てに恩恵を与えるものと考えております。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(探索加速型本格研究)「共通基盤」領域(重点公募テーマ「革新的な知や製品を創出する共通基盤システム・装置の実現」、運営統括:長我部信行)における研究開発課題「未来医療を創出する4次元トポロジカルデータ解析数理共通基盤の開発」(研究開発代表者:坂上貴之)による支援を受けて行われました。

 坂上教授の研究グループでは、平成28年より京都大学大学院理学研究科内において「諸分野のための数学よろず相談室(Math Clinic)」を開室し、諸分野の研究における数理的諸課題に関する質問を理学研究科内限定で受け付けています。TFDAに関しては未来社会創造事業からの支援を受けて、広く京都大学内や産業からの問題を受け付けています。これまでに、31件の問い合わせがあり、本成果も含めて8件が共同研究へと至っています。このTFDAは「ながれを言葉に」をスローガンに坂上教授の研究グループが世界に先駆けて開発した新しいデータ解析手法です。本研究では、その理論を心エコーVFM画像で実装することに成功し、心臓血流という非常にダイナミックで乱れた流れの数値化を可能にしました。

 この研究成果を踏まえて、坂上研究グループでは、JST未来社会創造事業「共通基盤」領域「未来医療を創出する4次元トポロジカルデータ解析数理共通基盤の開発」(長我部信行 運営統括、坂上貴之 研究開発代表者)プロジェクトの支援を受け、流れに関する計測データや数値データからトポロジカルな構造を抜き出す数学理論と、またそれを自動計算するソフトウェアの開発を推進しています。さらに、「ながれの“かたち”を言葉に」をスローガンに、本成果を用いたデータ解析技術をトポロジカルフローデータ解析(Topological Flow Data Analysis = TFDA)と呼んで、様々な実データへ積極的に応用しています。

<研究者のコメント>

 坂上教授のグループが流線トポロジーの分類のための数学理論を完成させて7年が経ちます。「“かたち”を言葉に」を合言葉に、この技術の社会実装を目指して研究活動を続けています。特に「誰かが何かに応用する数理」ではなく「私達が数理の応用を展開する」という強い思いのもとで、研究を進めてきました。数学の理論ということで、これを応用する皆さんにはとっつきにくいところがあるため、こちらが提供できる解析手法を理解いただくためにいろいろ努力を積み重ねる必要があり、それが成果につながるまでには時間がとてもかかるのですが、今回初めて本格的に心臓血流解析手法として臨床の現場に使える可能性が高い成果を得ることができました。ここで可能性にとどまらず、数理ソフトウェアの開発、そして実際の心血流解析診断の機器への組み込みを通じてこの成果を実社会に広げていきたいと思っています。

 また板谷准教授らCardio Flow Design社の研究グループが心エコーVFMを開発してから10年の歳月が過ぎました。見たこともない渦流が心臓の中で見えるため当初は多くの臨床医が期待を寄せました。しかし、渦が見えることができても定量的に数値化することができず、この技術がどう使えるのか、ということが学会で何度も議論されてきました。一般には医療の現場では必ずしも理屈通りにならないことが多く、生命や人体の気まぐれのような現象と付き合いながら一人一人の患者さんと向き合っているため、従来の臨床医学は経験の蓄積を重んじてきました。今回心エコーが数学と出会い、それを医学の現実に合う形で新しい理論を構築することで臨床医学に全く新しい視点が拓けていくと確信しております。今後は臨床研究として実際に様々な疾患での渦血流のあり方を客観的に言語化して観察し、そのパターンの変化などを追跡することで新たな心機能アトラスや心機能分類を構築し、一人一人の患者さんに合った適切なテーラーメイド医療を提供する一助となればと考えています。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Topological identification of vortical flow structures in the left ventricle of the heart(心臓左心室渦構造のトポロジカルな同定)

著  者:Takashi Sakajo, Keiichi Itatani

掲 載 誌:SIAM Journal on Imaging Sciences   DOI:10.1137/22M1536923

<研究に関するお問い合わせ先>

京都大学 大学院理学研究科

TEL:075-753-2660 FAX:075-753-3700

E-mail:sakajo@math.kyoto-u.ac.jp

<報道に関するお問い合わせ先>

京都大学 渉外部広報課国際広報室

TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094

E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

名古屋市立大学 病院管理部経営課経営係

TEL:052-858-7113 FAX:052-858-7537

E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp

科学技術振興機構 広報課

TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432

E-mail:jstkoho@jst.go.jp

<JST事業に関するお問い合わせ先>

科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部

TEL:03-6272-4004 FAX:03-6268-9412 

E-mail:kaikaku_mirai@jst.go.jp


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