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授乳中の母親は青魚・白身魚を積極的に摂取するべき
~乳幼児の脳の発達に重要なドコサヘキサエン酸の血清レベルを上げられる~ 東京慈恵会医科大学

 東京慈恵会医科大学分子疫学研究部浦島充佳教授らは、授乳中の母親から詳細な食習慣を調査し、離乳食開始前の乳児で24種脂肪酸の血清レベルとの関係を解析しました。その結果、母親が青魚、白身魚を摂取する頻度が多ければ多い程、それに比例して乳幼児の脳の発達に重要なドコサヘキサエン酸(DHA)の血清レベルも上昇することが判りました。一方、粉ミルクにはDHAが添加されているにもかかわらずその効果は母乳に劣るものでした。

 生後5か月の乳児からの採血は慣れた小児科医であっても難しいことがあります。本研究は食物アレルギー予防のランダム化臨床試験に参加した母子268人のご理解・ご協力と研究者の熱意と器用さが無ければ成し得なかった、世界でも類を見ない臨床研究です。

<ポイント>
●38の食品アイテムの中で、乳児の血清DHA濃度と統計学的に有意な正の相関があったのは、「青魚」と「白身魚」だけだった。

●逆に他の食品、サケやマグロなど他の魚、ナッツや牛乳、卵、大豆など他の食品は全く相関が無かった。

●母乳栄養児の方が母乳と粉ミルクの混合栄養児より有意にDHAレベルは高かった。

東京慈恵会医科大学 分子疫学研究部 教授 浦島充佳 のコメント
 本研究の結果から、お子さんには可能な限り母乳中心での育児をお勧めします。また、授乳中の母親にはサバやイワシなどの青魚か、タイやタラなどの白身魚を摂取していただきたいとも思います。何故なら、乳幼児の脳の発達に重要なDHA血清レベルを上げることができるからです。

 本研究の一部はAMED (15ek0410019h0101)からの資金援助を受けて実施されました。成果は2023年10月11日にNutrients誌に掲載されました。
https://doi.org/10.3390/nu15204338

メンバー:
・東京慈恵会医科大学 分子疫学研究部 浦島充佳教授、笠松亜由大学院生
・東京慈恵会医科大学 小児科学講座 田知本寛准教授
   
研究の詳細
Ayu Kasamatsu, Hiroshi Tachimoto, Mitsuyoshi Urashima. Impact of Maternal Fish Consumption on Serum Docosahexaenoic Acid (DHA) Levels in Breastfed Infants: A Cross-Sectional Study of a Randomized Clinical Trial in Japan. Nutrients 2023, 15(20), 4338.

1.背景

 WHOは、「生後6ヵ月間は母乳のみで育てること」を推奨しています   。その理由の一つとして、母乳には児の知能を高める可能性があるからです     。特にオメガ3系不飽和脂肪酸に分類されるドコサヘキサエン酸(DHA)は、神経の髄鞘形成を助け 、神経細胞の伝導速度を向上させるため乳児の脳の成長発達に不可欠です 。実際、新生児の血清DHA濃度が高いほど脳容積も大きいことが報告されています 。さらに、ランダム化臨床試験の有意な結果も2022年にN Engl J Med に誌上発表されました 。オーストラリアの研究チームは妊娠29週以前に出生した480人の未熟児に対して腸管栄養できるようになってから退院するまで、体重1 kg 当たりDHA 60mgを連日投与する群とコントロール群にランダムに振り分け5歳まで追跡調査しました。その結果DHA群のIQ[95.4]はコントロール群のIQ[91.9]より有意に高く、新生児期のDHA補充が子供の認知機能を改善させることも示されました。

 授乳中の母親がDHAを豊富に含む魚を積極的に摂取すれば脳の発達期にある乳児期のDHAレベルを上げることができるかもしれません。もしもそうであれば、週に1回食べれば十分なのか、それとも毎日食べた方がよいのでしょうか?また、サバなどの青魚がよいのか、タイなどの白身魚がよいのか、それともマグロなどがよいのでしょうか?様々な疑問が湧いてきます。最近の粉ミルクには母乳に近づけるためDHAが添加されています。では、粉ミルクによる人工乳栄養と母乳栄養とどちらの方で乳児のDHAレベルが上がるのでしょうか?この点もよく判っていません。しかし、DHAが乳幼児の脳の発達に重要であるならば、DHAレベルをあげるための母親の食事も含めた最適な授乳法を科学的に明らかにすることは極めて重要です。

 これらの疑問に答えるべく、私たちが過去に実施した食物アレルギー予防のためのABCランダム化臨床試験 のデータを用いて、授乳中の母親の食習慣と離乳食開始前の乳児血清DHAを含む24種類の脂肪酸レベルとの関連を調査しました。


2.手法

 268人の離乳食開始前で生後5~6ヶ月の乳児血清を用いて、ガスクロマトグラフィー質量分析法により脂肪酸24成分を測定しました。また同時期に、授乳中の母親の38品目の食品摂取頻度と乳児の哺乳状況を前向きに調査しました。ミルクにはDHA が0.40%含まれています。

3.成果

 38種の食品のうち、「青魚」(図1A)と「白身魚」(図1B)の2種類のみが乳児DHAと有意な正の相関、つまり食べる頻度が増えれば乳児の血清DHAレベルも上昇しました。これら2種類の魚の摂取頻度を組み合わせて作成した新しい変数 「青魚-白身魚」もまた乳児の血清DHAレベルと比例関係にありました(図1C)。対照的に、サケ、まぐろ、カジキマグロなどの他の種類の魚や、ナッツ類、乳製品、卵、油、揚げ物、肉、豆類などの食品カテゴリーでは、血清DHAレベルと有意な相関は認められませんでした。

 続いて、母乳栄養なのか母乳と粉ミルクの混合栄養なのかで乳児の血清脂肪酸レベルが影響を受けるか調べてみました。母乳栄養を補うために粉ミルクをより多く授乳した乳児よりも、母乳栄養を主体とする乳児の方が、血清DHA(図2A)、エイコサペンタエン酸(EPA)(図2B)、アラキドン酸(AA)(図2C)、オメガ3脂肪酸(図2D)レベルが有意に高くなっていました。逆に、母乳栄養を主体とする乳児ほど、血清リノレン酸(LA)レベルが有意に低い傾向にありました(図2E)。哺乳状況とα-リノレン酸(ALA)(図2F)またはオメガ6脂肪酸(図2G)との間に有意な関連は認められませんでした。


4.今後の応用、展開

 授乳中の妊婦さんは、なるべく多くの青魚・白身魚を摂り、母乳栄養中心で育児するようメディアなどを通じて広めていきたいと思います。

5.脚注、用語説明
(以下、ABCランダム化臨床試験についての説明となります)
ABCランダム化臨床試験について
 産科入院中(生後3日間)人工乳(粉ミルク)を避けて母乳(±エレメンタルフォーミュラ)で栄養すれば生後2歳までにみられる食物アレルギー発症リスクを大幅に抑制できる 。

 これは私たちが2013年から4年半の歳月をかけて実施したABCランダム化臨床試験の結果だ。本研究は「母乳と母乳+人工乳の比較」の予定で開始された。しかし、実質的には「母乳(breastfeeding[BF])+ エレメンタルフォーミュラ(elemental formula [EF]: 牛乳タンパク質がアミノ酸に置換されたアレルギー乳児用の特殊ミルク)[BF/EF] 群と母乳+粉ミルク(cow’s milk formula [CMF]) [BF+CMF]群のランダム割付となった。

 生後3日間粉ミルクを避ける、たったそれだけでその後の食物誘発性アナフィラキシー反応を13分の1に、2歳時点での食物アレルギーを5分の1に減らすことができたのである。アナフィラキシーはアレルギー反応の中でも最も強く、時に致死的だ。しかし、これで日本だけではなく世界中で増えつつある食物アレルギーに歯止めをかけ、アナフィラキシーで亡くなる人の数を減らすことができるはずである。


私たちの発見したエビデンスがヨーロッパ・アレルギー予防のガイドラインを変えた
 2020年、欧州アレルギーおよび臨床免疫学アカデミー(EAACI)は私たちのABC試験の結果を重く受け止め、乳幼児における即時発症/IgE介在性食物アレルギーの発症を予防するアプローチに関するガイドラインに採用した。そして、サマリーの冒頭に「授乳中の乳児に対する通常の牛乳ベースのフォーミュラの使用を生後1週間は避けること」と示した 。ABC試験は世界の小児科医療に大きなインパクトを与えたことを意味する。

生後3日間母乳だけで栄養し粉ミルクを与えなければ生後4日目以降粉ミルクを母乳に追加しても食物アレルギーは増えない
 本試験では、出生後エレメンタルフォーミュラの1日摂取量が150㏄を超える日が3日連続したら、4日目から通常のミルクに切り替えるルールとしていた。このルールにより、生後14日以内に混合栄養となった児、あるいは生後15日~離乳食開始時までに混合栄養になった児がBF±EF群にそれ相当に含まれていた。食物感作は増える傾向にあったが、臨床的食物アレルギーは牛乳アレルギーが一切増えていなかった(図4)。
 具体的には、例えば母乳+粉ミルク(BF+CMF)群では牛乳アレルギーが151人中10人(6.6%)に発生したのに対して、最初母乳±エレメンタルフォーミュラ(BF/EF)群に振り分けられたが生後14日以内(多くは生後4日目に産科を退院した日)にエレメンタルフォーミュラから粉ミルクに切り替えた70人から牛乳アレルギーは1人(1.4%)であり、生後3日間粉ミルクを避ければ明らかに牛乳アレルギーのリスクを避け得ることが示された(図4A)。生後15日以降に粉ミルクを加えた乳児では牛乳アレルギーがゼロであり、粉ミルク追加が遅ければ遅いほど牛乳特異的IgEも低く抑えられた。ことを考えると粉ミルクの追加に関して3日間は最低ラインでできれば2週間、離乳食開始までは避けるべきかもしれない。

 食物誘発性アナフィラキシー反応はBF+CMF群では151人中13人(8.6%)に発生したのに対して、最初BF/EF群に振り分けられたが生後14日以内にエレメンタルフォーミュラから粉ミルクに切り替えた70人から一人も発生していない(図4B)。

 食物負荷試験陽性例はBF+CMF群では151人中11人(7.3%)に発生したのに対して、最初BF/EF群に振り分けられたが生後14日以内にエレメンタルフォーミュラから粉ミルクに切り替えた70人から1人(1.4%) の発生を認めた(図4C)。以上より生後3日間母乳に粉ミルクを避ければ食物アレルギーは減らせることが示された。同時に産科退院後など、生後4日目以降に粉ミルクを母乳に併用しても臨床的食物アレルギーは増えていなかった。
 このコホートを延長してフォローした。その結果、母乳+エレメンタルフォーミュラ群では9.9%が喘息性気管支炎の診断を受けたが、母乳+少量ミルク群では17.9%と有意に多かった。興味深いことに2歳時点で血清総IgEが50IU/mL を超えているアトピー型サブグループで生後3日間ミルクを避けることによる喘息性気管支炎の発症リスク抑制効果が顕著であった(図4) 。


 興味深いことに、生後最初の3日間はCMF(牛乳ベースの代用飲料)の摂取を避けることが、この試験において牛乳アレルギーのリスクだけでなく、他の食物アレルギーのリスクも減少させた。壊死性腸管炎(主に早産児に影響を与える炎症性腸壁壊死)は粉ミルクの摂取によって誘発され、母乳によって予防され、プロバイオティクスやプレバイオティクスが治療に有効であることも示唆された 。私たちはこれらの文献やABC試験結果に基づいて以下の仮説を考えた:生後すぐ、まだ腸内細菌叢が十分成長していない状態で大量の牛乳蛋白質にさらされると腸管壁に炎症を引き起こし、このことが膜の透過性を高め、食物アレルゲンの吸収を促進し、乳幼児期の食物アレルギーのリスクを増加させるのではないかと考えている。


以上


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