現代社会にメス~外科医が識者に問う
「医師は特別」多様性を認めない
閉ざされた同質性組織が陥るリスク ジャーナリスト 浜田敬子さんに聞く
◇男性の育児休暇取得とキャリア支援
河野恵美子医師
河野 おっしゃる通りです。地域によっては外科の入局者がゼロという施設もある中、外科医志望の女性は増えています。まさに救世主と言えるのですが、外科医は「24時間365日、常に外科医であること」を求められ、これらの期待と要求に応えられない女性外科医は二流扱いされてチャンスすら与えられていません。
従来の女性支援は当直免除であったり時短勤務であったり、保育園の整備であったりと、福利厚生が主として行われてきました。こういった支援策は充実していますが、仕事は継続できても固定的性別役割分担が強まり、キャリアアップを妨げる「マミートラック」のわなの中で女性たちはジレンマを感じています。
浜田 企業でも全く同じことが起きていました。2000年代に入って「両立支援制度」が整備され、育休の延長や時短勤務が法制化されました。両立支援制度はあるべき支援ですが、例えば育児のための時短勤務は利用者の99%が女性だったことで性別役割分業が固定化しました。多くの企業は男性の上司が重要な仕事を男性に任せるようになり、経験の格差による「つくられた能力格差」が生まれ、制度を利用した女性の多くはキャリアアップの道が閉ざされました。たとえ女性の方が優秀であっても機会が与えられないことで能力の格差となり、結果的に男性の方が優秀ということになってしまうのです。
その解決策として、一つは男性にも育休を取ってもらうことです。夫婦で話し合って男女均等に家事や育児の負担を担うことで、社会全体の働き方が変わっていきます。もう一つ大事なのは育休取得や時短勤務をした人へのキャリア支援です。一時的にフルコミットできない時期があったとしても、キャリアを遅らせない仕組みを個人ではなく組織が考えて整備することです。長時間働く人だけが出世できる、従来の評価制度の見直しも必要です。
あるラジオ番組で「育休を取ろうと思ったけれど上司に反対された」と話す男性医師がいました。これは明らかに法律違反です。上司から「育休はいつ取るのか」と男女問わず社員に声掛けすることも義務化されています。意思決定者である上司が法制度を理解していないのは大きな問題です。
◇女性人材活用を促す新たな仕組みづくり
河野 日本の外科医はあまりにも多くの雑務を抱えています。米国では医師と看護師の間に中間の職種があり、医師は仕事を分配することで外科医本来の仕事に集中できます。日本でもタスクシフトの話は出ていますが、進んでいるとは言えません。
浜田 どの業界も人手不足で女性を人材として育成し、活用する方法を模索し始めています。茨城の従業員25人規模の建設会社では女性社長が面白い取り組みを始めました。建設業は現場仕事なのでリモートはできないと思われていたのですが、公共事業を請け負っていると官庁に提出する書類作成が大量にあり、現場の施工管理者が残業して書類を作っていました。そこで建設ディレクターという新しい職種をつくり、遠隔地や子育て中の女性にリモートで書類作成を任せたところ、「施工管理の資格を取りたい」「子育てが一段落したら現場に出たい」と女性たちが現場の仕事に興味を持ち始めたのです。建設業界も人手不足が深刻ですが、女性が働きやすい環境を整備することで男性の働き方も変わり、意思決定も多様化していきました。業務のやり方にメスを入れた成功事例です。
(2024/06/06 05:00)