現代社会にメス~外科医が識者に問う

「医師は特別」多様性を認めない
閉ざされた同質性組織が陥るリスク ジャーナリスト 浜田敬子さんに聞く

 ◇医療とメディアが抱える共通の課題

河野医師

河野医師

 河野 メディア業界はダイバーシティが進んでいるのでしょうか。

 浜田 メディアでも記事や番組において、ジェンダーの問題をきちんと取り上げなければいけないという意識が少しずつですが浸透しています。英国のBBCは5050ルールみたいなものをいち早く掲げ、出演者を男女50%ずつにするというルールを打ち出し、BBCと提携しているNHKは影響を受けています。朝日新聞でも女性記者の増加で内部から声が上がり、ジェンダーや働き方の記事が増えてきました。

 それでもまだ遅れていると感じるのは経営層や中間管理職の意識です。大手メディアはダイバーシティ宣言を掲げてはいるものの、役員の女性比率は決して高くはありません。そこには医療と共通した労働環境の問題があります。「われわれは社会の公器である」という意識があり、取材は自己犠牲を払ってでもやるべきで「夜討ち朝駆け」、災害時は休日返上が当たり前でした。そういった労働環境は福利厚生が充実し、リモートワークの導入で変わりつつあります。

 今問題なのは医療界と同じで、家庭との両立ができるようになったことで生まれるマミートラックです。政治部や経済部のホットジョブと言われる仕事を経験しないと、会社の中枢に上がって役職には就けないという問題が起きています。

 ◇「人権」と「倫理」の共通認識を持つ

 河野 医療界を改革するには何から始めたらいいですか。

 浜田 欧米では女性管理職が50%、長時間労働もない先進的な企業でも特別な制度があるわけではありません。よく聞くのは「人権」と「倫理」という言葉です。この二つは本来、企業にも医療現場にも必要な概念であり、人としてどう働くべきか、属性で人を差別しない、機会を平等に与えるといった本質的なことが共通認識としてあります。日本でも経営トップに向けて世界的な動向、ビジネスと人権という概念、ジェンダー平等といった内容の研修を実施する企業が増えてきています。

 女性医師の問題だけでなく、医師の業務全体の見直しが最終的に男性医師にも患者にも関わるという話に広げて伝えていくことが大切なのではないでしょうか。このまま外科医が減少すれば、受けたい時に手術が受けられず、日本の医療の質が大幅に低下する現実が目の前にあることを多くの人は知りません。

 政治家には国民に向けて耳の痛い話をしてもらい、医療費の負担やコンビニ受診は控えるよう高齢者にも理解していただき、コロナ禍のエッセンシャルワーカーであった医師や看護師にきちんと報いることです。働き方改革は掛け声だけでは実現しません。医師の仕事をスリム化しない限り難しいと思いますし、そこには予算措置を講ずるような働き掛けも必要です。最大の政治ロビー団体である医師会にも勤務医の労働環境の改善を政治的な要求として打ち出していただきたいと思います。

 ◇多くの医師を巻き込んで世論を喚起

 河野 社会全体の意識を変えていく必要がありますね。

 浜田 医師の方々は忙し過ぎて声を上げる時間も余裕もないと思うのですが、自分たちの職場を変えていかないと質の高い医療が提供できなくなるという問題意識を持ってもらい、一人でも多くの医師を巻き込んで大きな動きにしていきたいです。私たちメディアが報じていかないと世論を喚起することにならないと思いますので、現実をきちんと報じていくということが重要であるときょうのお話で改めて実感しています。

聞き手・企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学医師)、文:稲垣麻里子

浜田敬子(はまだ・けいこ) ジャーナリスト 1989年に朝日新聞社に入社。99年からAERA編集部。副編集長などを経て、2014年からAERA編集長。17年3月末に朝日新聞社を退社後、世界12カ国で展開する経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。20年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。22年8月に一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構を設立。2022年度ソーシャルジャーナリスト賞受賞。「羽鳥慎一モーニングショー」「サンデーモーニング」のコメンテーターや、ダイバーシティなどについての講演多数。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文芸春秋)、共著に『いいね!ボタンを押す前に』(亜紀書房)がある。

河野恵美子(こうの・えみこ) 大阪医科薬科大学一般・消化器外科医師 2001年宮崎大学を卒業。2006年に出産し、1年3カ月の専業主婦を経て復帰。2011年「外科医の手プロジェクト」を立ち上げ手術器具の研究を開始、2015年に2人の女性外科医と消化器外科の女性医師を支援する団体「AEGIS-Women」を設立。2020年に内閣府男女共同参画局「令和2年度女性のチャレンジ賞」を受賞。2022年「手術執刀経験の男女格差」の論文をJAMA Surgeryに発表。同年、パブリックリソース財団「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」を受賞。厚生労働省医学部生向け労働法教育事業の委員。TEDxNambaにも出演。

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