現代社会にメス~外科医が識者に問う
「医師は特別」多様性を認めない
閉ざされた同質性組織が陥るリスク ジャーナリスト 浜田敬子さんに聞く
◇柔軟な働き方で医師の負担を削減
浜田さん
浜田 医療の特殊な事情があるとすれば、医療報酬という公定価格によって統制されていることです。日本の医療は医師個人の長時間労働と犠牲によって成り立っています。自分や家族の病状、手術の説明を受ける時間帯も仕事が終わった後、医師の勤務時間外に行く人が多いようです。医師の負担を減らすためには患者側の理解や協力が必要です。
NTTは一昨年から「全国居住地自由」という制度を導入しています。同社は「GAFA予備校」とまで言われ自社の優秀なエンジニアを高給で引き抜かれていました。日本企業は大幅に賃金を上げられません。代わりにインセンティブとして、リモートで仕事ができれば自由に住む場所を決められる権利を付与しました。さらにコアタイムをなくし、業務開始と終了時刻をフレキシブルに設定できる「スーパーフレックス制」や、中抜き時間がつくれる「分断勤務」を導入しました。例えば、子育て中の人は早朝に働いて午前中は中断し、午後から仕事に戻れば、学校行事の参加や通院しながらでも仕事が続けられます。このような柔軟な働き方が社会全体に広がればいいと思います。
◇思い込みを排除し組織を変える
河野 近年、女性の方が治療成績が良いという論文が幾つか発表され、女性も指導的立場に就ける実力を示していると思われますが、日本外科学会の2024年の指定施設代表者は1182人中、女性が12人(1.0%)と極端に少ないです。
浜田 男性が男性を引き上げるのは同質性のリスクです。成功した人は自分と同じような属性の人を選びます。組織の多様性を高めるためには、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)を排除する仕組みをつくるしかありません。例えば、ある企業では管理職やリーダーの候補を選ぶときに男性一人を挙げたら必ず女性を一人を挙げることをルール化し、そのどちらがふさわしいのかを外部のアセスメント機関を使って分析し評価しています。
河野 改革するのに自分のコピーみたいな人を引き上げること自体が問題なのですね。
浜田 意思決定をする人たちに同質性が強い場合、それを正す仕組みをつくることで組織は変わります。人間の持っている無意識のバイアスを修正して意思決定し、女性を引き上げる仕組みを導入している企業もあります。例えばリクルートでは2030年度までに、上級管理職・管理職・従業員のそれぞれの女性比率を約50%にすると宣言しています。管理職に当たっては、リーダーにふさわしい要件定義を全て見直して言語化や数値化したところ、必要な要件が長時間労働によってできることではなかったというのです。
医療者の場合、患者さんとのコミュニケーション能力や手術の生産性の高さで見ると、管理職になるようなプール人材に女性が倍増し、従来と違うタイプの男性が候補として挙がってきます。
◇2024年は医療界にとって大きな転機
河野 医学部の女子入学者比率が4割になり、日本消化器外科学会でも30歳未満の2割が女性です。女性が指導的立場に就くためには新たな評価基準が必要だと感じています。
浜田 政府は2020年までに社会のあらゆる分野で指導的地位に女性が占める割合を30%にする数値目標「2020年30%」を掲げていましたが、達成できていません。北欧のノルウェーは私企業に対しても非常に厳しく、あらゆる組織の取締役会や理事会、大学の教授会の4割は少ない方の性にすることが義務化されています。日本の30%ルールは2030年までの努力義務にとどまり、大学は医学部を含め免除されています。達成しないと助成金を減額するぐらい厳しくしないと実現は難しいですね。
働き方改革関連法が医療現場に適用となる今年2024年は大きな転機になると思います。一般企業は電通の事件の影響もあって働き方改革関連法ができて残業規制が促進され、先進的な取り組みをする企業が出てきました。医療現場でも法整備が進んでモデルになるような施設が出てくれば、対策しないと人材を確保できなくなり動かないわけにはいかなくなるのではないでしょうか。
(2024/06/06 05:00)