2021/06/23 05:00
人生の最後まで自分の足で歩くために
(寺師浩人 日本フットケア・足病医学会理事長)
インターネットの普及に伴い、自分の病気体験を発信する人が増えてきました。情報の正確さに注意することも必要ですが、体験した人の実感のこもった記録は、これから同じような治療を受けようか迷っている人にとって、とても心強いものです。足のクリニック表参道で外反母趾(ぼし)の手術を受けた女性が書いたブログが元になって、次々と同じ症状で悩む患者さんの輪が広がっています。2020年8月に外反母趾の手術を受けた窪谷多津江さんもその一人です。治療体験者の情報発信が、愛知県豊田市から上京して手術を受ける決め手になったといいます。
ぷりさんの手術直後の足の様子(ぷりさんのブログから転載)
◇手術を決心するきっかけに
「クリニックのホームページにもたくさんの情報が出ていますが、実際に治療を受けた人の声を聞くとさらに説得力が増します」と窪谷さん。変形が進んだ外反母趾の場合、まず手術を考えるべきだとの意見は多いのですが、命に関わる病気ではないため、なかなか決心がつかない人が少なくありません。そんな中、手術で足の変形が治り、元気に生活している人の生の声を記したブログが、迷っている人の背中を押す役割を果たしています。
外反母趾の治療に対応しているクリニックのホームページに記載されているのは、あくまで標準的な治療の内容だけということが多く、患者が必要とする情報を得られるとは限りません。窪谷さんも「入院期間はどれくらいで、いつから仕事に復帰できるのか、お金はいくらかかるのか、どんなふうに回復していくのか、様子が分かると、とても安心できます」と、手術体験者の情報をネット上で探し、あるブログにたどり着きました。
そこには、2018年に同じ手術を受けた女性(ぷりさん)が、手術の様子や術後の経過をこと細かに記していました。
ぷりさんのブログを読んで窪谷さんが一番驚いたのは、「3泊4日の入院で済み、自分の足で歩いて退院し、手術後2週間で普通に歩けた」というところでした。窪谷さんは地元の病院で、片足だけの手術で入院が2週間、手術後2カ月は松葉づえが必要だと説明されていたからです。
そこで窪谷さんは、ぷりさんが手術を受けたという足のクリニックに、自分の足の写真を添付して相談のメールを送りました。すると桑原院長から、「現時点で必ずしも手術が必要というわけではありませんが、手術をすることで悩みは減るかもしれません」と返信が来ました。これまでにも手術を検討したことがありましたが、一度に手術できるのは片足だけで、もう片方の足を手術するのは1年後と説明されていました。両足を同時に手術できると聞いて、さらに前向きな気持ちになりました。
また、外反母趾の手術の場合、治療費は健康保険と高額療養費制度の適用になり、自己負担額は差額ベッドなどの自費部分を除けば5~6万円ほどで済むことも分かりました。
(※高額療養費制度=患者の自己負担が一定額を超えた場合、超過分が健康保険から払い戻される仕組み)
窪谷さんの手術前(上)と手術後のレントゲン写真(窪谷さんのブログから転載)
◇お盆休みを利用して手術
エステティシャンとして多忙な生活を送っている窪谷さんですが、2020年のお盆休みを利用して上京し、足のクリニックの提携病院で手術を受けることにしました。
「ぷりさんのブログで、何日目にどうなるかという経過が具体的に分かっていたので安心でした。あらかじめ読んでいた通り、手術の次の日から歩けて、自分の足で歩いて新幹線に乗って帰ることもできました。帰ってからは家事も普通にできたし、1週間後のエステの仕事も大丈夫でした。手術は仕事を引退するまで無理と思っていたのですが、これなら働きながらでもできますね」
窪谷さんはもともと、仕事関連のブログを書いていたので、ぷりさんと同じように外反母趾の治療経過も詳細に記録し、公開していきました。
「誰かのお役に立てればと思って、レントゲン写真のビフォーアフターも載せたのですが、ものすごい反響がありました。私のブログを見て、手術を決めた人が何人もいます」
術後1カ月の検診で上京したとき、窪谷さんはぷりさんと実際に対面することもできました。
「まるで昔からの友人のようでした。外反母趾だとストッキングの締め付けが痛いとか、スニーカーが履けないとか、経験者にしか分からない“あるある”話で盛り上がってしまって。同じ経験をした者同士、話が尽きなくて、本当に楽しかった」
◇「すごく元気が出てきて、楽しい」
窪谷さんの外反母趾は、小学生の頃からでした。母親も外反母趾で、その足の形を見慣れていたため、普通だと思っていたそうです。20代で痛みが出てきて、就寝中にズキンズキンという痛みで目が覚めるほどの状態が半年ほど続きました。おしゃれな靴は痛くて履けず、趣味のダンスでも片足で立つとふらついてしまいました。
「外反母趾で脱臼した親指を治すのは手術しかないと思ったのですが、ネットの体験談には、手術後、痛くて大変だというようなことを書いてあるものが多く、とても不安でした。ぷりさんのブログのおかげで、ここにたどり着いて本当によかったと思います」
手術後2回目の外来診察では、前回、型を取ってオーダーしたインソールができてきました。
「大変な思いをして手術したのに、元に戻ってしまった人の話もよく聞きます。インソールで足のアーチが落ちないようにすれば、再発が防げるというので安心です」
外反母趾の手術後、フットケアを受ける窪谷さん【時事通信社】
外来診察はこれで終了。遠方ということもあり、その後は何かあればメールで相談することができるそうです。
窪谷さんが、手術後の抗生物質を服用後、足に湿疹ができた写真をブログに掲載したところ、桑原院長から「薬疹だから抗生物質は中止して」とメールが届きました。
実は、桑原院長も窪谷さんのブログを読んでいました。
「手術した医者の責任として、完治するまでは患者さんのことが気になります。遠方の患者さんには、写真を添付してメールをいただいています。それを見れば、来院していただく必要があるかどうかおおむね分かります」と桑原院長は、遠隔地の患者さんとはメールで積極的に情報交換をしています。
窪谷さん(右)とぷりさん(窪谷さんのブログから転載)
◇回復の喜びが連鎖
「手術を受けて、親指でちゃんと地面を踏めるようになり、バランスも良くなりました。足裏にタコもできなくなったし、腰や背中が痛かったのも良くなって、外反母趾のせいだと分かりました。体の調子が良くなると、すごく元気が出てきて、ジムに毎日通っているんです。靴の選択肢も広がるし、仕事も遊びもとても楽しい」と窪谷さんは回復の喜びを語ってくれました
窪谷さんが手術の2カ月後、爪先立ちで歩いた動画をブログに入れたところ、多くの反響が寄せられたそうです。
窪谷さんのブログに刺激を受けて、外反母趾でランニングを諦めた男性が手術を受ける、その様子をブログに書くと、それを見た元パラリンピックのランナーが治療を受けるといった影響もあり、自分のやりたいことができるようになった喜びが連鎖していきます。
桑原院長は「治ったら、これがしたいというものがある人、例えば、治ったら世界一周したい、オーロラを見たいとか、そういう人には手術を勧めました。80代でもちゃんと元気に歩いている人なら手術できる。日頃から歩いていない人は骨密度が低くて手術できませんから、1万歩は歩けることが条件です。足の悩みは自分が経験したことがなければ人ごとですが、多くの人が長い人生のどこかの時点から経験することなので、異変を感じたらほっておかず早めに対処していただきたいです」と、積極的な治療の必要性を強調しています。(文・構成 ジャーナリスト・中山あゆみ)
(2021/05/12 05:00)
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