治療・予防

「減酒」も治療選択肢に
~アルコール依存症の重症化防ぐ~

約107万人がアルコール依存症に=厚生労働省作製の啓発動画より

 アルコール依存症の患者は約107万人。危険な飲酒をしている人は推定で約1039万人に上ると推定されている。「アルコール健康被害の進行と重症化をどのように予防するか」をテーマにしたセミナーが8月、東京都内で開かれた。断酒はハードルが高く、飲酒者が実践することは難しい。専門家が強調したのは、アルコール依存症に至らない未病の段階や軽度の依存症段階での「減酒」だ。

 ◇共感し、励まし、褒める

 国立病院機構肥前精神医療センターの杠(ゆずりは)岳文院長は「早期介入の遅れと二次予防がなかなか進まないのが現状だ」と指摘した。その上で「専門医療機関で医療を受けているのは恐らく重症の約4万人だ。私たち専門医はこの約4万人しか治療対象にしてこなかった」と語った。

 1980年代から、依存症の手前の段階で医療が介入する「ブリーフ・インターベンション」と呼ばれる行動カウンセリングが注目され始めた。1回のセッション(治療)は30分以内と短時間で、2~3回のセッションが標準だ。

 杠院長は『ブリーフ・インターベンションに関する研究は多く、有効性は確立されている」と説明する。

職域での「HAPPYプログラム」を用いた医療の介入

 大量飲酒の行動を変えるため、カウンセリングでは①共感②励ます③褒める―の3点が重要だ。具体的な例を示すと、「そんなときは誰だって憂さを晴らしたくなりますよね」(共感)、「まだ取り組み始めたばかりですから、一度や二度は飲み過ぎてしまうことは誰にだってありますよ」(励ます)、「こんなに早く『休肝日』が増えるなんて素晴らしい成果です。私も見習いたいですね」(褒める)―となる。特に褒めることについて杠院長は「医療技術者があまり使ってこなかった技法なので練習が必要だ」と話す。

 肥前精神医療センターは脳の障害や萎縮、肝臓障害などを画像で見せることで情報提供を強化し、行動変容のきっかけを与える「HAPPYプログラム」を開発。医師のいない場で、保健師や看護師、ソーシャルワーカーらが補助ツールとして活用している。最近、問題が増加してきた女性向けのアルコール健康教育、家族の生活習慣改善のための「家庭カウンセラー」の育成など、プログラムの内容も充実させてきた。

 ◇未病、軽症の人に医療介入

 全国精神保健福祉センター長会の白川教人・依存症対策委員長(横浜市こころの健康相談センター長)は「全国のセンターが受け付けたアルコール健康障害の相談は2014年の3770件から19年に4014件に増加した」と報告した。

 白川氏は「従来は重症の依存症の人たちが主な対象だった。21世紀は未病や軽症の人たちに医療が介入する時代だ」と言う。

 岡山市こころの健康センターは「おいしくお酒を飲むための教室」を開催した。専門医がアルコールの影響や依存症について講義した後のグループセッションで、参加者がそれぞれの飲酒状況を振り返り、飲酒の量や回数、時間について低減目標を自ら設定する。20年度には3回実施した。6カ月~1年後の目標達成度を見ると、約61%が「半分以上の目標を達成できた」と感じたという。

過剰な飲酒を続けると90%が脂肪肝に=米国肝臓学会議(AASLD)の学会誌より

 ◇過剰飲酒者の90%が脂肪肝

 湘南慶育病院副院長で慶応大特任教授の堀江義則氏は「アルコールの過剰摂取は肝臓の障害や膵炎(すいえん)、脳神経障害、心筋症、高血圧など、どの臓器にも影響を与える」と言う。男性の場合、慢性膵炎では1日の飲酒量が60グラムを超えると、危険度は急激に高まる。女性の場合は40グラムで肝臓の機能に異常を来す。

 アルコールを過剰摂取する人の約90%が脂肪肝になる。そこから30~40年かけて肝硬変へと至る。このうち肝細胞が線維化することで肝硬変になるケースもあり、肝機能検査の数値に表れにくいのでやっかいだ。

 「肝硬変の患者は増加している。何とか1日の飲酒量を10グラムでもいいから減らしたい」とする堀江氏が注目しているのが、19年に登場した飲酒量低減薬だ。湘南慶育病院の内科外来での症例は少ないものの、4週間ほどで飲酒量が減った患者がいた。堀江氏は「この薬がどんな患者に有効かさらに研究が必要だが、治療の幅を広げていくという意味で新しい選択肢になり得る」と述べた。

 堀江氏は内科医が行うブリーフ・インターベンションを重視する。依存症になっていない人たちを対象にして、断酒ではなく、飲酒の減量や危険ではない飲酒を指導。18~19年、1日に男性30グラム、女性20グラムの飲酒習慣がある人にブリーフ・インターベンションを実施し、飲酒量の変化を調べた。方法は、「飲酒日記」に記入してもらった上で指導するというシンプルなものだ。堀江氏は「52週間後に、4割の人が飲酒量を減らしたことが分かった。1日に飲む量が減るというよりも、新型コロナウイルス感染の前なので、宴会などによる大量飲酒が減ったのではないか」と指摘する。

4段階のアルコールによるリスク

 ◇減酒も効果あり

 国立病院機構久里浜医療センターの精神科専門医である湯本洋介氏は18年に医学雑誌ランセットに掲載された論文などを基に「 飲酒量ゼロが全ての要因による死亡率の中で最も低い」と指摘する一方で、「アルコールに健康上の適量はないが、断酒だけが酒の害を避ける唯一の方法ではない」と強調した。

 世界保健機関(WHO)はアルコール摂取量によるリスクを超高リスク、高リスク、中リスク、低リスクの4ランクに分類している。湯本氏は「ランクが一つ下がると、アルコールによる問題が減って、より健康的な精神状態につながる。どのレベルであっても飲酒量を減らすことで健康へのリスクを減らすことができる」と指摘する。

 「断酒がベストだが、減酒も効果がある。相談や受診のハードルを下げることができる。相談者、受診者と医療側が対立しにくく、減酒を許容することで健康度、生活の質(QOL)が上昇する」と湯本氏は説明する。

 『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』(18年版)も、「重症の依存症や身体的・精神的な合併症を有する場合、深刻な家族・社会的な問題を有する場合、目標は断酒とすべきだ。軽症の依存症で明確な合併症を有しないケースでは、飲酒量低減も目標になり得る」とし、減酒の理想は男性で1日平均40グラム以下、女性では同20グラム以下が目安となるとしている。

 久里浜医療センターは17年に「減酒外来」を開設。「飲酒に問題を感じている全ての人に減酒を許容した外来治療を提供する」ことが目的だ。指導内容は、「1日当たりの飲酒量や休肝日、大量飲酒をしない日数など飲酒習慣の目標を設定する」「酒量をいつから減らすかを決め、酒の種類を変える」「飲む時だけ酒を買い、買い置きをしない」「飲酒のスピードをできるだけ遅くする」などだ。湯本氏は「断酒が最良の方向性だが、一方で断酒に至るまでに減酒を支援する」 と強調した。(了)

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