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「減酒」も治療目標に
「断酒」にこだわらず―アルコール依存症
国立病院機構久里浜医療センター・樋口進院長

 アルコール飲料の歴史は古いが、依存性の強い薬物でもあることは意外に知られていない。日本でも100万人以上と推定されるアルコール依存症=用語説明参照=を抱えている人の中で、実際に医療機関で治療を受けている患者は約5万人と非常に少なく、治療の裾野を広げることが課題となっている。特に今年春からの新型コロナウイルス感染症の流行後、ストレスの増大から飲酒に走る患者数の増加も危惧されている。医療側からは、軽症の場合に治療の中間目標として飲酒量を減らす「減酒」という概念も提唱されている。

国立病院機構久里浜医療センター・樋口進院長

 ◇依存症の疑い、推定290万人超

 アルコール依存症の治療に取り組んできた国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の樋口進院長は「厚生労働省の調査によると、過剰飲酒など健康に悪影響を与える習慣を持つ『問題飲酒』とされる人は593万人、依存症が疑われる人も292万人と推定されている。依存症と診断されたり、治療を受けたりしている患者はこのうちのごく少数ということになる」と指摘している。

 治療が必要な人数と実際に治療を受けている人数のずれを「治療ギャップ」と呼ぶ。アルコール依存症ではこのギャップが90%を超え、受診控えが問題になっている「大うつ病」(うつ病)や「双極性障害」の40%台を大きく上回っている。

 「依存症と診断された患者でも、診断前から肝臓に問題があるとして医療機関で治療を受けている人の方が多い。しかし、肝機能の不調と過剰飲酒は大きな相関関係があるにもかかわらず、なかなか「『アルコール依存症』として自主的に受診しない」と樋口院長は分析している。

他の精神科疾患と比べて受診率が低いアルコール依存症

 この原因の中には、アルコール依存症の治療が事実上一部の精神科医療機関に特化していることや、これらの医療機関が重症者の治療中心になっていることがある。この点について樋口院長は「過剰飲酒や、その状態が進んで依存症になりかけている人にとっては、身近な医療機関で、依存症だけでなく肝臓などの内科的診療も受けられることが望ましい」と指摘する。

 ◇新たなガイドラインまとまる

 このためにまとめられたのが、「新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン」だ。依存症の早期診断・治療に力を入れる一方、地域のかかり付け医や内科など、精神科以外の医師による診断を想定して具体的な症例を解説している。このガイドラインの中で注目されるのが、重症患者に対してはこれまで通りアルコール摂取を完全にやめる「断酒」が治療目標とされているが、軽症患者や断酒を受け入れられていない事例については日常生活や肝臓などの機能に悪影響を与えない範囲のアルコール摂取量に減らす減酒(節酒)を、治療の最終または中間目標と設定することを提唱している。樋口院長は「患者ごとの状態に応じ、必ずしも『断酒』を最終治療目標にする必要はないのではないか」と言う。

 その上で「依存症やその予備軍とも言える飲酒者全員が完全にやめる必要もないし、こまめな日常診療の中で悪化の芽を摘み取っていくこともできる。腎臓や肝臓などへの影響も考えれば、早期に医療が介入して一定の状況を維持する治療のあり方も求められている」と、樋口院長は訴えている。

新型コロナウイルス感染症の流行で、自宅での飲酒機会も増えている

 ◇家庭での飲酒量増加を懸念

 一方、新型コロナウイルス感染拡大の影響について樋口院長は「国内での実地調査などに基づく論文は少なく、実態はほとんど見えてきていない。しかし、在宅時間の増加によって家庭での飲酒量の増加が懸念される」と話す。ギャンブルやインターネットゲームの依存症に関しても、パチンコなどから在宅で可能なオンラインギャンブルへの移行や依存状態の悪化などが心配されている。

 実際、ロンドンの一部の依存症患者を対象にした都市封鎖(ロックダウン)前後における酒の摂取量の調査では、増加群と減少群の双方が出現していることが報告されている。久里浜医療センターも今年6月に全国の断酒会会員を対象に「緊急事態宣言」前後の変化についての調査を実施。その回答の解析を急いでいる。(喜多宗太郎・鈴木豊)

 〔用語説明 アルコール依存症〕
 アルコール飲料を長期間飲み続け、摂取をやめられなくなる状態。摂取量や期間は、その人のアルコール分解能力によるので、「ないといられなくなる」ことが指標となる。摂取をやめると、精神的にいらいらや不眠、手の震えなどなどの離脱症状が出ることもある。また、アルコールの過剰摂取で腎臓や肝臓の機能が損なわれるなどの合併症を誘発することも多い。


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