2024/12/06 17:18
キャラクター活用による病院内での心地よい空間づくりの取り組み
東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座(教授 嘉糠洋陸)は、同大学形成外科学講座(教授 宮脇剛司)と法医学講座(教授 岩楯公晴)と共同で、マゴットセラピー(医療ウジ治療法)に適したウジの選抜、およびヒト組織を用いたウジの評価方法を、世界で初めて確立しました。
マゴットセラピーは、ハエのウジ(マゴット)を利用して潰瘍や難治性創傷を治療する方法です。抗生物質の多用や乱用により、抗生物質が効かない耐性菌が急増した現代において、マゴットセラピーの医療的効果が改めて見直されています。本研究では、このマゴットセラピーに適したウジを野外から採取し、ヒト組織を用いてウジに対して試験をおこない、それぞれのウジの治療への適性を評価することに成功しました。このような新規医療用ウジの同定と評価法の確立は世界初であり、この方法を適用することによって、マゴットセラピーによる治療効果が飛躍的に高まることが期待されます。
研究成果の概要
①2015年〜2016年に東京都多摩地域の野生のウジを採取して種同定をおこない、マゴットセラピーに安全で適した種であるヒロズキンバエの系統を樹立しました。
②東京慈恵会医科大学付属病院で実施された外科手術において切除・廃棄されたヒト組織を用い、ウジのヒト組織に対する摂食能力を試験するための評価系を確立しました。
③今回樹立した新規ヒロズキンバエ系統のウジは、現在使用されている医療用ウジ系統と比較して、短時間により多くのヒト壊死(えし)組織を摂食できることを明らかにしました。
今後の展開
マゴットセラピーの治療効果を決める要因となる、医療用ウジの摂食能力や抗菌物質の分泌などについて、遺伝子レベルでの解析をおこなうことを予定しています。また、難治性潰瘍の症例や従来の治療法が奏功しない症例を対象に、新規ヒロズキンバエ系統のウジを治療に用いて安全性評価と治療効果の評価を実施し、臨床応用へ展開していくことも計画しています。
論文発表
本研究の成果は、2022年7月16日に「Scientific Reports」誌に掲載されました。
Yoshida T, Aonuma H, Otsuka S, Ichimura H, Saiki E, Hashimoto K, Ote M, Matsumoto S, Iwadate K, Miyawaki T, Kanuka H. A human tissue-based assay identifies a novel carrion blowfly strain for maggot debridement therapy. Sci Rep. 2022 Jul 16;12(1):12191. doi: 10.1038/s41598-022-16253-9.
本研究は、JSPS科研費17K08812、15K19088、26670203および東京慈恵会医科大学研究奨励費の助成をうけたものです。
研究グループ
・東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座 教授 嘉糠洋陸
形成外科学講座 教授 宮脇剛司
法医学講座 教授 岩楯公晴
〔研究の詳細〕
1.背景
近年、糖尿病や閉塞(へいそく)性動脈硬化症などによる末梢(まっしょう)動脈疾患など、血行障害によって引き起こされる難治性潰瘍は世界中で増加傾向にあり、効果的な治療法が求められています。難治性潰瘍には、抗生剤抵抗性の感染性潰瘍が含まれ、深刻な問題となっています。
マゴットセラピー(Maggot Debridement Therapy)は、ヒロズキンバエの幼虫が患者の壊死組織だけを摂食する性質を利用して、人体の難治性潰瘍を治療する方法です。マゴットセラピーの大きな特徴として、壊死組織の除去、殺菌、肉芽(にくげ)組織増生の促進、が挙げられます。マゴットセラピーは、高い治療効果を持つことが知られていますが、使用する医療用ウジの系統について、これまで十分な検討と評価はされていませんでした。
本研究では、ウジのヒト組織に対する摂食能力の評価方法の確立、およびヒト壊死組織に嗜好(しこう)性の高いヒロズキンバエ系統の選抜を実施しました。
2.手法
ウジの摂食能力の評価のため、医療廃棄物として回収された、外科手術(遊離皮弁術など)の余剰ヒト組織を使用しました。それらのヒト組織を、皮膚、筋肉、および脂肪に分け、粉砕し、ウジ用の標準飼料としました。ウジがそれぞれのヒト組織を摂食した量を、毎日の各ウジ個体の重量の変化から計測しました。脱皮などのウジの発育状態を観察し、各ヒト組織の摂食がウジの発育に与える影響を記録しました。これらの実験には、現在医療現場で用いられている医療用標準系統のウジ((株)ジャパン・マゴット・カンパニーより購入)を使用しました。次に、ヒト壊死組織を摂食する能力が高いウジを得る目的で、東京慈恵会医科大学法医学講座で解剖がおこなわれた法医検体45例からウジを採取しました。それらのウジを成虫になるまで飼育した後、形態学的および遺伝学的な種の同定方法を用いて、ヒロズキンバエのみを選び出し、系統化しました。新たに系統化したヒロズキンバエのウジに、ヒト組織を与え、ウジの重量変化と発育を記録しました。
3.成果
ヒト組織を用いて、ウジのヒト組織に対する摂食能力を試験するための評価系を確立しました。ヒト組織を皮膚、筋肉、脂肪に分け、粉砕して、医療用標準系統のウジに与え、ふ化4日後のウジの重量と発育ステージを指標に成長度合いなどを解析しました。この結果、ウジの重量および発育は、摂食した組織の部位によって大きく異なることが示されました。ウジは、筋肉を摂食した場合に最も重量が多く、早く発育しました。次いで、皮膚、脂肪の順であることを明らかにしました。
ヒト壊死組織への嗜好性が高いヒロズキンバエ系統を得ることを目的とし、法医検体45例からウジを回収しました。得られたウジのうち、23例分のウジが成虫まで発育しました。形態学的および遺伝学的な種の同定方法により、14例分がヒロズキンバエを含むことを明らかにしました。これらの子孫を飼育し、良好な継代が可能な4系統を樹立し、ヒト組織への嗜好性が高いことが期待される候補系統としました。
ヒト皮膚組織を用いたウジ評価系を適用して、これら4系統のウジの評価を実施しました。その結果、ある系統(#28系統)の摂食量が最も多いことが分かりました。続いて、この#28系統のウジにヒト壊死組織を与え、個体の重量を記録しました。孵化後5日目の#28系統ウジの重量は、医療用標準系統ウジと比較して、約1.4倍にまで増加しました。また、#28系統ウジは、医療用標準系統ウジより約1日早く発育しました。#28系統のさなぎおよび成虫が、医療用標準系統と比較して、それぞれ大きいことも明らかにしました。これら結果から、#28系統のウジは、従来の系統に比べてヒト組織の摂食量が多く、実際の治療においてより多くの壊死組織を除去できる可能性が示されました。
(2022/09/09 10:54)
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