治療・予防

心不全を防ぐ
~糖尿病の治療薬が有効~

 心不全は恐ろしいというイメージは浸透している。しかし、心不全は繰り返すことで症状がどんどん悪化し、死に至るということを知らない人も多い。専門家は「心不全のリスクから進展していくごとに悪化を防ぐことは可能だ」と強調するとともに、心不全の予後改善にも効果があることが分かった新たな治療薬が登場してきたことで、今後の展開に期待をかけている。

心不全が悪化していく段階

 ◇高齢化で心不全パンデミック

 最近「心不全パンデミック」という言葉をよく聞くようになった。九州大学大学院の筒井裕之教授(循環器内科学)は「パンデミックとは『感染爆発』を意味し、本来、感染症に使われる言葉だ。先進国を中心に高齢化が進み、世界的に心不全の患者数が増加して、緊急で入院治療が必要なことから使われるようになった」と言う。急性心不全で入院し、症状が改善しても増悪と軽快を繰り返すのがこの病気の怖い点だ。筒井教授は「心不全患者は呼吸困難や浮腫が悪化して、再入院が必要となるケースがしばしばある」とし、医療機関への負担が増すことへの懸念を示す。

 基礎疾患が進行すると、心不全は増悪しやすい。それ以外にも、医学的因子が増悪の誘因になる。医学的因子の一つは、血圧のコントロールが悪いことだ。さらに、心房細動などの不整脈や冠動脈疾患などが挙げられる。インフルエンザなどの感染症でも増悪する。

 患者サイドの誘因としては、薬を飲み忘れたり、飲むことをやめてしまったりすることだ。減塩指導にもかかわらず、塩分の摂取制限を守れないことも同じだ。過度の体力的な負荷もある。荷物を運んだりする引っ越しや、重いバッグを持ったりする旅行などが身体的ストレスにつながることがある。

 ◇1年以内に30%が再入院

 高齢者では、心筋の間質の線維化や不整脈などにより心臓の拡張機能に障害を来す。さらに、高血圧糖尿病などの生活習慣病も心臓の拡張機能の障害の大きな要因となり、心不全を引き起こす。心不全の患者は退院しても、約30%が1年以内に再入院する。筒井教授は「他の疾患に比べてこの割合はかなり高い」と指摘する。

筒井裕之教授

 ◇新たな治療薬の登場

 体に水分とナトリウムがたまると、うっ血しやすくなり、息切れむくみなどの症状につながる。これを改善するのが利尿薬で、水分やナトリウムを尿中に出す。

 心臓の機能低下を改善するためには、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)、交感神経の緊張を抑えるベータ(β)遮断薬などがある。これらに続く薬がSGLT2阻害薬だ。筒井教授は「現在までに開発された心不全治療薬の中で、最もインパクトがある」と評価する。

 SGLT2阻害薬の作用は、腎臓で糖の再吸収を担うSGLT2を阻害する。尿中への糖の排出量を増やして血糖値を下げる。この薬剤は、心不全の患者では糖尿病があってもなくても、予後を改善する。SGLT2阻害薬は利尿作用も有しており、利尿薬と同じメカニズムで働き、心臓への負荷を減らすことができる。さらに、心臓に直接的に作用し、エネルギー代謝を改善させることや心筋の慢性的な炎症を抑制することも報告されている。また、血圧を低下させ血管の機能を保ったり、交感神経の活性化も抑制したりすることが知られている。心臓ばかりでなく、腎臓の機能低下も抑制することが明らかにされ、腎臓病の領域でも注目されている。

 ◇ステージBに対する治療の進歩

 心不全にはステージAからステージDまで四つの段階がある。Aは高血圧糖尿病など危険因子を抱えている。Bは心臓の構造や働きに異常が表れてきた段階。Cは息切れむくみなど心不全の症状が表れてきた段階だ。Dになると、心不全の症状が進行して治療が難しくなる。

 どの段階でも、それ以上進んでいかないよう「予防」を目指すが、心不全を発症する手前のステージBでの治療が最も重要だ。閉塞(へいそく)した冠動脈を再灌流(かんりゅう)させ、心筋梗塞の範囲を狭くする治療は心不全の発症の予防につながる。筒井教授は「ステージBの治療は進歩しており、心不全の予防の観点から重要だ」と話す。

 ◇患者数は2030年には130万人に

 急性期治療の進歩が効果を上げており、入院した心不全患者の院内死亡率は低下してきている。筒井教授は「退院後の生存率はがんより悪い。再入院率も低下はしていない」と指摘する。2060年にかけて高齢者の人口は減少していくが、心不全患者は現在約120万人、30年には約130万人になると推定されている。(了)


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