2024/11/05 16:00
オイシックス・ラ・大地、東京慈恵医科大と共同臨床研究を開始
がん治療の化学療法時における、食事支援サービスの効果を研究
東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター臨床医学研究所の永嶋宇ポストドクトラルフェローと渡部文子教授らは、大阪大学大学院薬学研究科の橋本均教授らと共同で、マウスの脳幹にある外側腕傍核(lPB)から視床下部の傍視床下核(PSTN)への経路が、恐怖によって生じる摂食抑制に重要な役割を担うことを発見しました。ストレスや恐怖が摂食行動に影響を与える神経回路メカニズムの解明において、大きな進歩となることが期待されます。また、傍視床下核に豊富に存在する神経修飾ペプチドの一つ(下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP))が、嫌悪学習と摂食制御に重要であることも発見し、分子レベルから個体レベルに至る一連の知見を見いだしました。
この成果は、日本時間2022年12月30日に国際科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
気分障害や不安障害などの精神疾患、糖尿病やCOPDなどの生活習慣病といった多様な疾患において、摂食行動異常や情動制御障害が知られていますが、その神経回路メカニズムにはいまだ不明な点が多く存在します。
これらの問題の解決を目指して、本研究ではマウスにおける脳幹の腕傍核から視床下部の傍視床下核への経路(lPB-PSTN経路)に着目し、情動と摂食行動の相互作用を担う神経回路を解析しました。光遺伝学、薬理遺伝学と行動学や電気生理学的手法を組み合わせ、以下の成果が得られました。
【研究成果、ポイント】
● 全脳高速イメージング技術により、外側腕傍核(lPB)から傍視床下核(PSTN)への強い投射を検出した
● 脳のlPB–PSTN経路が、恐怖などの嫌悪シグナルを介して摂食抑制を担っていることを発見した
● lPB-PSTN経路による嫌悪シグナルはPSTNのPACAP陽性細胞によって伝達されることを発見した
● 従来では個別に研究されることが多かった情動と摂食行動について、相互作用の仕組みに着目した
● ヒトにも存在する脳領域(PBやPSTN)や分子(PACAP)について解明が進み、今後の摂食行動異常や情動制御障害などのメカニズム解明や治療法開発が期待される
研究の詳細
1.背景
ヒトを含む動物において摂食行動は、エネルギー摂取ひいては生存に直結します。摂食行動は動物の栄養状態に駆動される一方で、ストレスや恐怖などの内的環境や情動にも大きく左右されることが知られていますが、その神経回路メカニズムには不明な点が多く存在します。
これまでに我々は、脳幹の橋にある腕傍核が飢餓や痛みシグナルを中継し、腕傍核からへんとう体への人工的回路操作が人工的な恐怖記憶を作ることを明らかにしてきました1。そこで、本研究では、情動と摂食行動との相互作用のハブとして、腕傍核に着目しました。
2.手法・成果
I. 外側腕傍核(lPB)−傍視床下核(PSTN)経路の特徴
大阪大学の橋本均教授や笠井淳司准教授らが開発した全脳高速イメージング技術(FAST)2を用いてマウス外側腕傍核(lPB)の投射先を網羅的に解析したところ、傍視床下核(PSTN)への強い投射が認められました(図1上段)。さらに、逆行性トレーサーを用いた組織観察からも、lPB–PSTN経路の存在が示唆されました(図1下段)。実際にlPB–PSTN経路が機能的にもシナプスを形成していることを、光遺伝学と電気生理学的手法を組み合わせて、光誘発ポストシナプス電流(EPSC)解析により確認し、lPB–PSTN経路が単シナプス性グルタミン酸性シナプスであることを明らかにしました。
II. lPB–PSTN経路の活性化による嫌悪行動の誘導と摂食行動の抑制
そこでlPB–PSTN経路の生理的役割を明らかにするため光遺伝学的介入を行ったところ、lPB–PSTN経路の活性化は、場所嫌悪学習および摂食抑制を誘導することが明らかとなりました(図2)。さらに、嫌悪行動の指標と摂食行動の指標の相関解析を行った結果、嫌悪行動を強く示した個体ほど、摂食行動が抑制されるという相関関係が検出され、lPB–PSTN経路による摂食抑制は、嫌悪シグナルが担っていることが示唆されました。
III. 恐怖記憶による摂食抑制への介入
上の結果を踏まえ、ストレス環境下での摂食抑制行動試験3を用いた光遺伝学的および薬理遺伝学的抑制操作の解析を行いました。その結果、コントロール群では、恐怖記憶の想起にともなって摂食行動が強く抑制された一方で、PSTN抑制群においては摂食行動の有意な高進が見られました(図3)。さらにlPB–PSTN経路特異的な抑制も摂食抑制作用を顕著に減弱させたことから、lPB–PSTN経路が恐怖による摂食抑制に必要であることが明らかになりました。
IV. PSTNにおけるPACAP陽性細胞の機能解析
PSTNにはタキキニン(Tac1)などの神経ペプチドを発現する細胞が存在することが知られています4。本研究では、新たにストレスや摂食行動との関係が知られている神経ペプチド(下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP))を発現する細胞がPSTNに豊富に存在し(図4左)、さまざまな脳領域に投射しているという特徴を見いだしました。
さらに、PSTNのPACAP陽性細胞を薬理遺伝学的に抑制すると、lPB–PSTNの活性化によってみられた場所嫌悪学習が顕著に減弱しました。これらの結果から、機能的にもPSTNのPACAP陽性細胞が、lPBの主要な投射ターゲットであることが明らかになりました。さらに、PACAP分子の機能解析をおこなったところ、PACAP受容体のアンタゴニスト(PA8)5投与はlPB–PSTNの活性化による場所嫌悪記憶を顕著に減弱させたことから、PACAPシグナル伝達が場所嫌悪記憶に関与していることが示唆されました。以上の研究成果のまとめを図5に示します。
3.今後の応用、展開
本研究ではlPB–PSTN経路が、嫌悪シグナルを介して摂食抑制を担っていることを発見しました。これまで情動と摂食行動は独立に研究される傾向がありましたが、本研究は両者の制御を担うシグナルの相互作用メカニズムの解明に貢献できると考えています。また、PSTNは他の脳領域に比べて、機能に関する報告が少ない脳領域です。今回見いだしたPSTNにおけるPACAP陽性細胞の知見が、今後のブレークスルーとさらなる研究の加速につながることが期待されます。さらに、今回着目したPBやPSTNといった脳領域やPACAP分子はマウスのみならずヒトにも存在します。多様な疾患で見られる摂食行動異常や情動制御障害などのメカニズムの解明や治療法の開発にもつながる基礎研究に貢献できる可能性が考えられます。
4.用語説明
・光遺伝学:微生物から単離されたイオンチャネル型の光活性化タンパク質(チャネルロドプシン)を神経細胞に発現させて光を照射することにより、神経細胞活動の高進や抑制を人工的に操作することができる手法です。
・薬理遺伝学:神経細胞に人工受容体(DREADD)を発現させて特異的なリガンド(CNOなど)を投与することにより、神経細胞活動の高進や抑制を人工的に操作することができる手法です。
・Lateral parabrachial nucleus (lPB):外側腕傍核。脳幹の橋(きょう)という領域に存在する神経核。痛みや温度、睡眠や呼吸、飢餓感など多様な感覚情報に関与することが知られています1。
・Parasubthalamic nucleus(PSTN):傍視床下核。摂食後などに活性化し、摂食抑制への関与が報告されています4。
・Pituitary Adenylate Cyclase-Activating Polypeptide (PACAP):下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド。脳の視床下部を含め、幅広い組織に発現しています。神経系においては、シナプス可塑性や細胞の分化への関与が知られています。
5.研究サポート
本研究は、AMED脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(Brain/MINDS))、CRESTオプトバイオ研究領域、および日本学術振興会科学研究費の支援を受けたものです。
6.論文情報
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Parabrachial-to-parasubthalamic nucleus pathway mediates fear-induced suppression of feeding in male mice
著者:Takashi Nagashima1, Suguru Tohyama1, Kaori Mikami1, Masashi Nagase1, Mieko Morishima1, Atsushi Kasai2, Hitoshi Hashimoto2-6, and Ayako M. Watabe1*
著者(日本語標記):永嶋宇1, 遠山卓1, 三上香織1, 永瀬将志1, 森島美絵子1, 笠井淳司2, 橋本均2-6, 渡部文子1*(*責任著者)
1 東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所
2 大阪大学大学院薬学研究科 神経薬理学分野
3 大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学 連合小児発達学研究科 付属子どものこころの分子統御機構研究センター 動物モデル解析部門
4 大阪大学データビリティフロンティア機構バイオサイエンス部門
5 大阪大学先導的学際研究機構 超次元ライフイメージング研究部門
6 大阪大学大学院医学系研究科 分子医薬学
7.引用文献
1. Nagase, M., Mikami, K. & Watabe, A. M. Parabrachial-to-amygdala control of aversive learning. Curr. Opin. Behav. Sci. 26, 18–24 (2019).
2. Seiriki, K. et al. High-Speed and Scalable Whole-Brain Imaging in Rodents and Primates. Neuron 94, 1085-1100.e6 (2017).
3. Yang, B. et al. Locus coeruleus anchors a trisynaptic circuit controlling fear-induced suppression of feeding. Neuron 109, 823-838.e6 (2021).
4. Kim, J. H. et al. A discrete parasubthalamic nucleus subpopulation plays a critical role in appetite suppression. eLife 11, (2022).
5. Takasaki, I. et al. In silico screening identified novel small-molecule antagonists of PAC1 receptors. J. Pharmacol. Exp. Ther. 365, 1–8 (2018).
本プレスリリースの「図1, 2, 3, 4」は原著論文の「図1, 2, 4, 6」を引用、改変したものを使用しています。一部のイラストはBioRenderを使用して作成しました。
以上
(2023/01/05 17:02)
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