2024/10/02 05:00
がんの「転移」を患者さんに説明する
診察室でよく、こんなことがあります。
私が患者さんに、
「今まで何か病気にかかったことがありますか?」
と問い、
「特にないですね」
という答えが返ってきたのに、おなかを出してもらうと皮膚に大きな手術の痕がある。
「手術を受けたことがあるんですね?」
と私が問うと、
「そうなんです。昔、胃がんの手術を受けましてね」
と患者さん。
そこで私は、
(特にないですね、とおっしゃったけれど、昔の手術のことは忘れていたのだろう)
と思うわけですが、このようなことは日常茶飯事ですから、特に驚くことはありません。
「それは何年前でしょうか?」
と会話を進めていきます。
医師に正確な情報を伝えたい
◇「既往歴」という言葉
医師は、初めて会う患者さんに必ず、これまでにかかったことのある病気や治療中の持病について尋ねます。
この情報を、医学用語で「既往歴」と呼びます。
既往歴は、医師が知りたい患者さんのプロフィルの中でも、医学的に最も重要な項目の一つです。
受診時に患者さんが悩まされている症状が、既往歴と関連していることもありますし、これから行うべき治療に既往歴が影響を与えることもあるからです。
一方で、患者さんの中には、医師が思うほど既往歴が重要であるとは思っていない人も多くいます。その上、ご高齢の方なら特に、昔の病気のことなどすっかり忘れてしまっているケースもしばしばあります。
冒頭では手術の例を述べましたが、もちろん、それだけではありません。
「特に持病はないよ」
とおっしゃった患者さんのお薬手帳を見ると、たくさん薬を飲んでいることが分かるケースもあります。中には高血圧の薬や糖尿病の薬も含まれていて、「持病」に高血圧と糖尿病があると分かることもあります。
◇医師の「問診力」
患者さんが自発的には話さない情報を、上手な質問で引き出すのが医師の仕事です。
診察の現場で、患者さんにさまざまな質問をすることを「問診」と呼びますが、医師には、まさに「問診力」とも言うべきコミュニケーション力が求められます。
そして、このやりとりがスムーズに行われるためには、患者さんの協力も欠かせません。
手術を受けたことがある人は、いつ頃、何の病気で、どんな手術を受けたかをメモしておき、できるだけ正確に医師に情報提供できるとよいでしょう。
治療中の病気が多くて覚えきれない人は、お薬手帳を参照し、メモに起こしておくのもよいと思います。
それも難しければ、医師から「既往歴を問われた」と思った時にすぐお薬手帳を出して、
「こういう治療を今受けています」
と伝えれば、医師側には一目瞭然です。
お薬手帳は、患者さんの医学的な「プロフィル帳」だからです。
皆さんが病院と医師をうまく利用するためにも、ぜひ既往歴の大切さを知っていただき、診察室でスムーズな情報交換ができればと思います。(了)
山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、累計1200万PV超を記録。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)はシリーズ累計20万部超。「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「患者の心得」(時事通信)ほか著書多数。
(2023/11/01 05:00)
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