教えて!けいゆう先生

「貧血」という言葉の誤用
~患者さんが間違いやすい医学用語~ 外科医・山本健人

 医師として患者さんと接していると、多くの人が同じように誤った医学用語を使っていることに気付きます。

 実は最もよく聞く誤用が、「貧血」です。

 「先日、疲れていたのか貧血を起こしてしまいまして…」

 「貧血でふらっと倒れてしまいました」

 といった表現をよく見聞きしますが、この「貧血」は、おそらく「立ちくらみ」を意味しているのでしょう。

最も誤解が多い言葉が「貧血」だ

 一方、正確な医学用語としての貧血は、血液中の赤血球の成分であるヘモグロビンの濃度が低くなった状態のことです。

 つまり、貧血かどうかを知るには、血液検査が必要なのです。

 血液検査でヘモグロビンの数値が基準値を下回っている場合に初めて、貧血と診断するからです。

 ヘモグロビン値は一般的な健康診断の採血でも必ず含まれる項目で、おおよその基準範囲は、男性が14〜18グラム/デシリットル、女性が12〜16グラム/デシリットルです。

 貧血は「立ちくらみ」の原因になる

 一方、立ちくらみ(正確には「起立性低血圧」)の原因はさまざまにありますが、その一つに貧血があります。

 つまり、冒頭の「貧血を起こした」という現象は、本当の意味での貧血が原因であることもあれば、そうでないこともある、というわけです。

 少し話がややこしくなってきましたが、順を追って説明しましょう。

 勢いよく立ち上がった際、立ちくらみが起きた経験は誰しもあるでしょう。これは、重力に従って一時的に脳の血流が乏しくなることで起こる現象です。脳は酸素不足に弱く、酸素の供給が途絶えると、瞬間的に意識を失ってしまうからです。

 血液中の赤血球は酸素を全身に運搬する働きを持ちますが、これは、赤血球の成分であるヘモグロビンが酸素と結合したり離れたりする性質によるものです。赤血球が「輸送トラック」、ヘモグロビンが「荷台」で、酸素という「荷物」の積み下ろしをする、と考えると分かりやすいでしょう。

 さて、「貧血=ヘモグロビンの濃度が低い状態」だと、どうなるでしょうか。

 酸素の運搬がうまくいかず、各臓器に酸素が不足しがちになります。貧血の時に立ちくらみが起きやすいのは、これが原因なのです。

 ◇なぜ誤用?

 最後に、なぜ「貧血」が「立ちくらみ」の意味でよく使われているのかを考えてみます。

 これはおそらく、「脳貧血」という俗語が原因でしょう。

 国語辞典で脳貧血という言葉を調べると、「脳の血液循環が一時的に悪くなって起こる現象。気分が悪くなり、顔が青ざめ、冷や汗をかき、意識がなくなる」(大辞林第四版)と書かれています。

 この言葉と、医学用語の「貧血」が混同して使われたのが、誤用の原因と思われます。

 ちなみに、「脳貧血」という医学用語はなく、私たち医師が使うこともありません。

 一方の貧血は、前述の通り、健康診断でも非常に重要な指標です。貧血の原因を調べると、胃がん大腸がんが見つかった、という人も大勢います。

 貧血という言葉の意味は、正確に知っておくことが大切なのです。(了)


 山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、累計1200万PV超を記録。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)はシリーズ累計20万部超。「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「患者の心得」(時事通信)ほか著書多数。

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