2024/12/06 17:18
キャラクター活用による病院内での心地よい空間づくりの取り組み
東京慈恵会医科大学(以下、慈恵医大)は、2024年4月1日付で産学連携講座「がんサバイバーシップ・デジタル医療学講座」を新たに開設いたしました。本講座は、がんサバイバーが直面する社会的孤立・孤独や医療・介護の不足に対処するために、新たな教育アプローチやデジタル医療技術の研究開発を行うことを目的とし、下記企業との産学連携ならびに共同研究の社会実装を目指します。
・第一三共株式会社
・サスメド株式会社
・Meiji Seikaファルマ株式会社
・塩野義製薬株式会社 など
また、サスメド株式会社との共同研究として実施している「進行がん患者に対するモバイル端末による質問支援を用いた意思決定支援プログラム開発」に関して、2024年6月2日に開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会においてオーラルセッションに採択され、産学連携講座を開設後初の共同研究発表を行いましたので、併せてお知らせします。今回の発表は講座が取り組む社会的課題解決の試みの一環となり、具体的な内容は以下の通りです。
<取組内容について>
がんの標準治療後に最適な医療をどのように進めるかは世界的な課題です。
我が国においても人生の最終段階をどのように迎えるか、自らの価値観、今後の目標や意向を明確にし、家族や医療者と話し合い意思決定するためのプロセスであるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が厚生労働省により進められていますが、標準的な介入手順は確立しておらず、医療現場では手探りで取り組まれている現状があります。
2024年4月1日付で東京慈恵会医科大学に新たに産学連携講座として新設された、がんサバイバーシップ・デジタル医療学講座の内富庸介産学連携教授は、国立がん研究センターがん対策研究所サバイバーシップ研究部在籍時の2020年よりサスメド株式会社との共同研究にて、IT技術を活用した意思決定支援を行う研究開発を進めてきました。
本研究は厚生労働科学研究がん政策研究事業に採択され「進行がん患者に対する効果的かつ効率的な意思決定支援に向けた研究(20EA1010)」として実施してきました。(*1)本研究を通じて科学的に有効かつ効率的な意思決定支援の標準的な介入方法が確立することが期待されます。
2024年6月2日に開催された、米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会では、進行・再発期のがん患者さんに対するモバイル端末を用いた治療とケアについての協働意思決定支援プログラムの有効性を評価する無作為化比較試験の研究結果が発表されました。今後、本研究成果を発展させ、研究成果の社会実装を通じてがん患者さんに対する新たな治療法と価値を届けることを目指します。
<2024年ASCO年次総会での発表演題について>
演題名:
A mobile app-based program for facilitating advance care planning discussions between patients with advanced cancer and oncologists: A randomized controlled trial (J-SUPPORT 2104)
演者:
Kyoko Obama, Maiko Fujimori1, Masako Okamura, Tatsunori Shimoi, Shunsuke Oyamada, Kan Yonemori, Taro Ueno, Shunsuke Kondo, Yuki Kojima, Tempei Miyaji, Takayo Sakiyama, Naomi Sakurai, Tatsuo Akechi, Narikazu Boku, Masanori Mori, Taichi Shimazu, Yoshikuni Nagashio, Tatsuya Yoshida, Takuhiro Yamaguchi, Yosuke Uchitomi
発表日時:
6月2日(日)8:00-11:00 am 米国中部標準時
発表形式:
口頭発表(Symptom Science and Palliative Care)
【がんサバイバーシップ・デジタル医療学講座の紹介ページ】
本学の以下のサイトで、がんサバイバーシップ・デジタル医療学講座を紹介しております。
医学科教育研究活動 産学連携講座 がんサバイバーシップ・デジタル医療学講座
URL:https://www.jikei.ac.jp/academic/course/cansurvivor.html
参考資料:2024年ASCO年次総会での発表演題(概要)
1.背景
日本のがんによる死亡者数は年間38万人にのぼります。(*2)進行・再発期のがんは、根治が難しいことが多いため、治療目標は生存期間の延長や療養生活の質の維持・向上に注力されます。患者さんと主治医は、診察において進行がんの病状や治療の理解を互いに共有し、患者さんの自由意思に基づいて治療の選択ができるよう話し合うことが求められます。近い将来に訪れる抗がん剤治療中止後の療養に関して、事前に充分話し合うことによって、希望する医療を受け、価値観に即した人生の最期の時を過ごすことが可能となりますが、人生の最終段階に向けた十分なコミュニケーション支援の方法や体制が整っていないことから、話し合いが行われない、あるいは体調や心理面が切迫した状況になって初めて行われることが、世界的な課題として繰り返し指摘されています。(*3)
人生の最終段階をどのように迎えるか、自らの価値観、今後の目標や意向を明確にし、事前に家族や医療者と話し合うプロセスは「アドバンス・ケア・プランニング(以下、ACP)」と呼ばれ、我が国の骨太の方針に取り上げられるなど国策として進められています。(*4) ACPとして、身体・心理・社会・生活・価値観など多岐にわたる気がかりや意向を話し合い、記載し、定期的に振り返ることが推奨されています。米国の先行研究は予後1年以内の進行がん患者さんを対象としたランダム化比較試験を実施し、ACPにより心理的ストレスが軽減することを報告しています。(*5) 一方で、がん治療が入院から外来通院中心になることで患者さんと医療者がコミュニケーションを取る時間や機会が不足すること、抗がん剤治療中止の時期は患者さんの心理的ストレスが高くなること、医療者のACPに対処するコミュニケーション技術が不足することなどが、ACP実施を阻害する要因として指摘されています。(*6)
そこで、患者さんと医師の間のコミュニケーションを支援することを目的として、患者さんが治療選択や今後の方針に関して自らの考えや医師に聞きたいことを事前に整理し、医師との面談の際に質問し、話し合いの内容についての理解を深めるための質問促進リスト「Question asking Prompt List(以下、QPL)」の研究開発を行いました。(*1) 厚生労働科学研究がん政策研究事業にて「進行がん患者に対する効果的かつ効率的な意思決定支援に向けた研究(20EA1010)」として国立がん研究センターがん対策研究所がんサバイバーシップ研究部と協力して開発しました。QPLはがん医療における患者さんと医療者のコミュニケーションに関する診療ガイドラインにおいて、簡便に利用可能で、有用性が高く、患者さんにとって侵襲のない支援方法としてエビデンスが示され、強く推奨されています。(*7)
本研究では、治療やケアについて話し合うためにスマートフォンやタブレット端末などのモバイル電子端末を用いてQPLを含む質問・価値観・治療目標の整理、および医師へのフィードバックで構成される協働意思決定支援プログラムを開発し、標準治療終了後の治療やケアに関する話し合いが促進されるかを検証しました。
2.手法
本研究は、アプリによる協働意思決定支援プログラムを使用するグループ(アプリ実施群)と、通常の病院での診療のみを使用するグループ(通常ケア群)を比較して検討しました。研究デザインは、ランダム化比較試験です。
研究対象者は、2021年9月から2022年12月の間に国立がん研究センター中央病院の外来(腫瘍内科、肝胆膵内科、呼吸器内科)を受診中の、根治不能な進行がんと診断された20歳以上の患者さんで、主治医の判断により研究参加適格基準を満たした方としました。研究参加から半年間に計5回のアプリを用いたアンケート調査と、半年後、カルテから得られる情報によって追跡調査を行いました。
アプリによる協働意思決定支援プログラムは、1)QPLを用いた質問整理、2)価値観と治療目標の整理の、2つのステップで構成されました。1)QPLは、ACPに関する質問項目を含みました。例えば、予後や残された時間、治療継続が困難になった場合のこと、その後の生活のこと、緩和ケアのことなどです。2)価値観の整理は、患者の目標に沿ったケア(Goal Concordant Care)に関する質問として、(*8) 治療継続困難になったときに大切にしたいことについて、快適に過ごすこと、満足したと思えること、希望を持ち続けること、自立していることなどの選択肢を含みました。治療目標の整理は、望ましい死 Good Death(*9) に関する研究に基づく将来の治療の目標について、どんなに負担があっても1日でも長生きしたい、負担の少ない治療であれば受けたいなどの選択肢を含みました。さらに最後の時間を過ごす場所の希望について、自宅、近くの病院などの選択肢を含みました。
主要評価指標は、研究参加後最初の診察での患者さんと主治医の話し合いです。話し合いは録音され、第三者により評価されました。評価は、マニュアル(SHAREプロトコル)(*10) に基づいて訓練された2名が、アプリ実施群・通常ケア群のどちらかわからないように盲検化された話し合いの録音を聞き、得点をつけるという方法で行われました。主治医の共感的なコミュニケーションを表す9項目に対してそれぞれ0点から4点、合計0点から36点で評価し、得点が高い方がより共感的なコミュニケーションが多いことを示します。
そのほか、診察後、1・3・6か月後の不安・抑うつ(Hospital Anxiety and Depression Scale)、1・3・6か月後の生活の質(EORTC QLQ-C30)、診察後のコミュニケーションに対する満足度(Patient Satisfaction Questionnaire)、介入の実施可能性、6か月間の医療の利用状況、診察中の患者と主治医の発話数、ACPに関する発話数を評価しました。
3.成果
研究参加者は264名(アプリ実施群・通常ケア群132名ずつ)でした。研究参加者の年齢中央値はアプリ実施群と通常ケア群でそれぞれ、62.5(範囲 24-90)歳、61(範囲 25-86)歳、性別は女性が92名(70%)、93名(71%)、がんの種類は乳がん37名(28%)、40名(30%)、膵がん14名(11%)、11名(8%)でした。全身状態を表すパフォーマンスステータス(日常生活の制限の程度)は4段階での評価で0~1の全く問題なく発症前と同じ日常生活が制限なく行えるまたは激しい活動は制限されるが家事や事務作業を含む歩行、軽作業、座っての作業はできる方が262名(99%)でした。
主要評価指標である診察中の主治医のコミュニケーション行動の平均得点は、アプリ実施群19.6点(95%信頼区間: 17.9-21.3)、通常ケア群12.0点(95%信頼区間: 10.3-13.7)と統計学的に有意な差が認められました(差の平均: 7.7点; 95%信頼区間: 5.4-10.0; P < 0.0001)。これは、アプリ実施群において、診察中の主治医の共感的なコミュニケーションが有意に多く見られたことを示します。
そのほかの評価指標では、アプリ実施群の研究参加者の話し合いの直後の不安・抑うつが診療後に増悪することはなく、満足度が高い(5つの評価項目のうち①Needs Addressed ニーズへの対処、②Active involvement in discussion 話合いへの積極的な参加において有意い高い)ことが示されました。また、1か月後、3か月後、6か月後の不安・抑うつ、生活の質においては群間に有意な差を認めませんでした。今後、介入の実施可能性、6か月間の医療の利用状況、診察中の研究参加者と主治医の発話数、ACPに関する発話数への有効性を分析し、公表する予定です。
4.今後の応用、展開
研究環境下でアプリによる協働意思決定支援プログラムが望ましいコミュニケーションを促進することが示されたことから、実際の診療で使用することでの有効性について検討します。そのために、より大きな効果が得られる患者さんの背景を検討するなどより詳しい分析を行います。
5.脚注、用語説明
ACP(Advance Care Planning、アドバンス・ケア・プランニング):患者さんが自身の価値観、生活の目標、今後の治療に対する意向を考え、家族や医療者と共有することを支援するプロセスのことです。その目的は、重篤な病気や慢性疾患の中で、人々が自身の価値観、目標、意向に沿った治療を受けられるように支援することです。(*4)
QPL(Question Prompt List、質問促進リスト):多くの患者さんが知りたい、あるいは医療者が知っておいてほしい情報を集約した質問集です。患者さんが予め質問集を読み、自らの質問や意向を整理して診察に臨むことで、質問を促します。これにより、患者さんは、医療者とのコミュニケーションが改善し、より良い情報を得て、納得のいく意思決定がしやすくなることが期待されます。
Goal Concordant Care(ゴール・コンコーダント・ケア):患者の価値観や生活の目標などに基づいて提供される医療ケアのことです。患者が望む終末期の過ごし方や人生の目標に一致したケアを提供することで、満足度や生活の質(QOL)の向上が期待されます。
Good death(良い死、望ましい死):終末期患者が望む最期のときの過ごし方(QOL)を表します。痛みや苦しみがなく、精神的に安らかであること、家族と良好な関係を保ち、患者の意思が尊重されること、死への準備が整い、人生に満足感を持っていることなどの要素が含まれます。希望する場所で尊厳を持って最期を迎えることも「良い死」の要素に含まれます。
以上
文献
(*1) Kyoko Obama, Maiko Fujimori, Masako Okamura, Midori Kadowaki, Taro Ueno, Narikazu Boku,Masanori Mori, Tatsuo Akechi, Takuhiro Yamaguchi, Shunsuke Oyamada, Ayumi Okizaki,Tempei Miyaji, Naomi Sakurai, and Yosuke Uchitomi. Effectiveness of a facilitation programme using a mobile application for initiating advance care planning discussions between patients with advanced cancer and healthcare providers: protocol for a randomised controlled trial (J-SUPPORT 2104). BMJ Open. 2023;13(3):e069557. https://bmjopen.bmj.com/content/13/3/e069557
(*2)厚生労働省. 令和4年(2022)人口動態統計(報告書)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/houkoku22/index.html
(*3)Mack, J. W., Cronin, A., Taback, N., Huskamp, H. A., Keating, N. L., Malin, J. L., Earle, C. C., & Weeks, J. C. End-of-life care discussions among patients with advanced cancer: a cohort study. Ann Intern Med. 2012;156(3),204-210. https://doi.org/10.7326/0003-4819-156-3-201202070-00008
(*4)Sudore RL, Lum HD, You JJ, Hanson LC, Meier DE, Pantilat SZ, Matlock DD, Rietjens JAC, Korfage IJ, Ritchie CS, Kutner JS, Teno JM, Thomas J, McMahan RD, Heyland DK. Defining Advance Care Planning for Adults: A Consensus Definition From a Multidisciplinary Delphi Panel. J Pain. Symptom Manage. 2017;53(5):821-832.
(*5)Bernacki, R., Paladino, J., Neville, B. A., Hutchings, M., Kavanagh, J., Geerse, O. P., Lakin, J., Sanders, J. J., Miller, K., Lipsitz, S., Gawande, A. A., & Block, S. D. Effect of the Serious Illness Care Program in Outpatient Oncology: A Cluster Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2019; 179(6), 751-759. https://doi.org/10.1001/jamainternmed.2019.0077
(*6)Parajuli, AJ. Tark, Y.L. Jao, J. Hupcey. Barriers to palliative and hospice care utilization in older adults with cancer: a systematic review. J Geriatr Oncol, 2020;11(1): 8-16.
(*7)日本サイコオンコロジー学会・日本がんサポーティブケア学会. (2022). がん医療における患者-医療者間のコミュニケーションガイドライン. 金原出版. https://cir.nii.ac.jp/crid/1130574246676179347
(*8)Halpern SD. Goal-Concordant Care - Searching for the Holy Grail. N Engl J Med. 2019;24;381(17):1603-1606. doi: 10.1056/NEJMp1908153.
(*9)Miyashita M, Sanjo M, Morita T, Hirai K, Uchitomi Y. Good death in cancer care: a nationwide quantitative study. Ann Oncol. 2007;18(6):1090-7. doi: 10.1093/annonc/mdm068. Epub 2007 Mar 12.
(*10)Fujimori, M., Shirai, Y., Asai, M., Kubota, K., Katsumata, N., & Uchitomi, Y. Effect of communication skills training program for oncologists based on patient preferences for communication when receiving bad news: a randomized controlled trial. J Clin Oncol. 2014;32(20), 2166-2172. https://doi.org/10.1200/jco.2013.51.2756
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