一流の流儀 「海に挑むヨットマン 」 白石康次郎 海洋冒険家

(第4回)師へのあふれる思い
海の楽しさ、厳しさ

 ◇植村直己さんが出迎え

 1983年、52歳の時。ゴールの港には、冒険家の故植村直己さんが出迎えていた。78年に植村さんの北極点・グリーンランド犬ぞり単独行のサポート隊員を務めたのが多田さんで「偉大な冒険家の植村さんに出会い、触発され、励まされたおかげで優勝した」と感謝する仲だった。底抜けに人が良く、暖かく、不思議な人で、外国のヨットマンからも誰からも愛された。

楽しそうに多田さの思い出を語る白石さん

 その一方で多田さんは、内面がとても繊細で責任感が強かった。残念なことに、白石さんが初めて世界一周レースをサポートした90年の第3回BOCチャレンジの途中、うつ状態に陥り、レースをリタイアして自ら命を絶ってしまった。

 「レースが始まる前に、『次はこのヨットでコーちゃんが世界一周をするといい。そのときは俺がサポートするから』と言っていたのです」と、白石さんは当時のショックを隠さない。シドニーから師匠の遺骨を抱えて帰ったのは、白石さんだった。

 ◇師匠の遺志継ぐ

 多田さんの下で、公私ともに懸命にサポートをしていた白石さんも、周囲にかわいがられていたことは想像に難くない。「多田さんのご縁で多くの人に会うことができ、人間関係を広げることができました」と話す。

 師匠の突然の死から1年後、白石さんは師匠のヨットを修繕し、世界一周に挑戦した。資金が乏しい白石さんは、ひたすら周囲にお願いし、何とか協力者を得てヨットを完成させた。ヨットの名前は、多田さんの遺志を継ぐために「スピリット・オブ・ユーコー」とした。(ジャーナリスト/横井弘海)

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