女性アスリート健康支援委員会 バセドウ病と泳げる喜びと

インターハイ優勝後、突然の発症
復帰果たし初の五輪決める―星奈津美さん


 ◇医師の理解、早期復帰の支えに

 甲状腺は首の喉仏の下にある、チョウが羽を広げたような形の臓器だ。そこから出るホルモンは体の成長を促し、新陳代謝を活発にする。いわば体を元気にするものだ。バセドウ病は、本来は体を守る免疫システムが異常になり、そのホルモンが過剰に分泌される病気で、体を動かさなくても運動しているような状態になり、心臓の動悸(どうき)が激しくなる、疲れやすくなる、体重が減るなど、全身にさまざまな症状が表れる。

 競泳の北京五輪プレ大会、中国オープン女子200メートルバタフライで優勝した星奈津美さん(左)の力泳(時事)
 星さんは「言われるまで気づかなかったけれど、当時は首の辺りが腫れていました」と言う。眼球の周囲が炎症で膨らみ、目の様子などに影響が表れる患者がいるのもこの病気の特徴。男性よりも女性の患者が数倍多く、15歳くらいの思春期から発症する人が増え、20~30歳代にはピークを迎える。

 病気のことで頭がいっぱいになった星さんに代わり、「今、水泳をすごく頑張ってタイムも伸びている一番楽しい時期だから、早く症状を落ち着かせて、泳げるようにできないか」と、医師に尋ねてくれたのは母だった。「実は、母は橋本病といって、バセドウ病とは逆に甲状腺の機能が低下する病気の患者だと、この時初めて知りました」。スポーツに理解があった医師は、「ぜひ頑張って」と親子を励ました。甲状腺ホルモンの分泌を抑える薬の服用量を調整し、競技への早期復帰を目指す治療方法を提案してくれた。

 薬は確実に効果を上げ、幸い、目立った副作用もなかった。治療開始から1カ月後にはコーチの勧めでプールに戻り、ゆっくりとした水中ウオーキングを始めた。「最初の半年は2週間に1回ほど病院に行き、血液検査で毎回4本分も採血されて、いつか血がなくなるんじゃないかと思った」と、冗談交じりに振り返る日々には不安もあったに違いない。だが、激しい運動を控えて治療のステップを踏み、約2カ月半後に本格的な練習を再開、復帰へと突き進んだ。

 ◇一気にベスト縮め、北京代表切符

 07年8月、高校2年で迎えた夏のインターハイの200メートルバタフライで、星さんは連覇を果たした。1年の時の記録を0秒87上回る2分10秒15の好記録。「再び泳ぎ始めた頃は、インターハイの優勝はまだ難しいかなと思っていた。それまで泳げなかったからこそ、練習に対する意識と姿勢が貪欲になっていたのが、よかったと思います」。泳げる喜びが再び、体に満ちあふれていた。

 2008年4月の日本選手権で2位に入り、優勝した中西悠子選手(右)と握手する星奈津美さん。北京五輪への切符を手にした
 冬場の合宿では猛練習に取り組み、08年のオリンピックイヤーを迎えた。1月の北京五輪プレ大会では、自己ベストを一気に2分8秒55まで縮めた。「プールが50メートルないのかと思ったくらいで、今でも信じられない」と不思議がるが、高校3年生になり、北京の代表選考会を兼ねた4月の日本選手権に出場した時には、はっきりとオリンピック代表を狙っていた。自己記録をさらに2分7秒28まで伸ばし、04年アテネ五輪銅の中西悠子選手に次ぐ堂々の2位で、五輪切符をつかみ取った。

 「オリンピックが決まった瞬間は、実感がなかったですね。決勝は大先輩で目標だった中西さんについていって2位に入ったので、夢のようだったのは覚えています」。突然の病気を乗り越え、見事な成長を遂げた17歳は、毎日の服薬と、2カ月に1回になった定期検査を続けて、初めての五輪に挑んだ。(水口郁雄)


◇星奈津美さんプロフィルなど

◇2度目の五輪でつかんだ銅(バセドウ病と泳げる喜びと・中)

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