「医」の最前線 抗がん剤による脱毛を防ぐ「頭皮冷却療法」

普及進まぬ頭皮冷却療法
~虎の門病院が導入できた理由~ (医療ジャーナリスト 中山あゆみ)【第3回】

 抗がん剤による脱毛を防ぐ頭皮冷却療法は、患者からのニーズが高いにもかかわらず、導入している医療機関が限られており、普及が進んでいない。そんな中、虎の門病院では、なぜ導入に踏み切り、順調に積み重ねてくることができたのだろう。

田村宜子医長

 ◇患者が希望するなら「一緒にやってみよう」

 がん治療の進歩は目覚ましく、かつては入院で行われるのが当たり前だった化学療法も、外来通院で行われることが多くなってきている。「ただでさえ忙しい外来化学療法室の看護師が、日常業務の上に、さらなる負担を受け入れてくれるだろうか」。普段から忙しく、必死に患者に対応してくれていることを知っている分、乳腺・内分泌外科の田村宜子医長の一番の心配は、その点にあった。しかし、導入について相談すると、忙しさへの懸念は残るが、明るい笑顔で「積極的にやってみたい」という反応が返ってきた。

 「普通は、『こんな大変なことをやって抗がん剤の治療がうまくいかなかったら本末転倒』という慎重な意見が必ず出てきます。ところが、うちの化学療法室の看護師さんたちは『自分が抗がん剤を受けるとしたら、頭皮冷却療法を受けてみたいと思うよね』『患者さんが希望するなら、一緒にやってみようかな』という反応でした。患者さんのためになるなら一緒に頑張ってみようと判断してくれて、一緒にチャレンジしてくれる看護師さんたちがいるから、この治療が成立している。その気持ちが無かったら無理だと思いますし、そんな看護師さんたちの気持ちを理解してくれる患者さんがいるからこそ、成立しているところがある。全く脱毛しないわけではない、この頭皮冷却療法という治療のメリット・デメリットを患者さんが理解していることも、とても重要だと思います」

 ◇悲しむ患者にできることが何もなかった

 化学療法室で頭皮冷却療法を担当する看護師の時森綾乃さんは抗がん剤治療中、脱毛を悲しむ患者の姿を日々、目の当たりにしてきた。

 「抗がん剤治療を始めると2~3週間でほとんどの髪の毛が、ごそっと抜けてしまいます。家の掃除をするたびに、自分の髪の毛が落ちていて、『きょうもこれだけ抜けてしまった、見るたびに悲しくなる』と言われている方がほとんどです」

 悲しむ患者に対して何もできないもどかしさを感じていたからこそ、「力になりたい」と即答した。

 「この治療を導入する前は、脱毛に対して、私たちの方で医療的なケアができるものがなかなかありませんでした。今まではウィッグ(かつら)についてのご案内をしたり、悩みを傾聴したりすることしかできることがなかった。頭皮冷却療法は、私たちが患者さんの悩みに向き合うための一つの方法だし、選択肢を一つ提案できることに意味を感じたんです」

看護師の時森綾乃さん

 ◇医師や薬剤師も協力

 頭皮冷却療法によって長時間拘束される患者の負担を軽減するため、医師、薬剤師も積極的に協力する。

 虎の門病院の外来で化学療法を行う患者は、前回投与の抗がん剤の副作用を確認し、採血し、全身状態を評価するために、まず化学療法室に立ち寄る。その後、外来診察室で主治医の診察を受け、再び化学療法室に戻って治療を受ける。つまり患者が化学療法室と外来診察室を行き来する必要があるのだが、この時間を短縮するために、頭皮冷却を受ける患者に対しては、忙しい外来の合間を縫って可能な限り、医師が化学療法室に往診することにした。

 薬剤師からの薬の説明も当日ではなく、あらかじめ患者がキャップの採寸に来た時に同時に済ませられるようにした。頭皮冷却中は、キャップを顎ひもで固定しているため、会話が難しく、思うように質問ができなくなるからだ。

 医療者の都合ではなく、患者の目線で医療者ができることを一つずつしていくことは、本来のあるべき姿とも言える。

院内理容室スタッフの佐野ゆかりさん

 ◇かつらメーカーも協力

 医療者だけでなく、院内理容室のスタッフもこの治療に参加している。脱毛時に必要となるウィッグの相談に応じるアートネイチャーの社員だ。

 ある時、ふらりと院内理容室に立ち寄った田村医長は「こんなことやってるんだけど、見ていても結構大変で。看護師さんより佐野さんのほうが患者さんの髪を扱うのが得意だと思うんだけれど、どうかな」と理容室スタッフの佐野ゆかりさんに話を持ち掛けた。すると、「私にできることがあれば、お手伝いさせていただきたい」と前向きな返事が返ってきた。

 ウィッグを売る立場の人が、ウィッグが要らなくなる治療の手助けをするというのは、なんとも不思議なことのように思える。

 「頭皮冷却をして、ウィッグが不要になる方もいると思いますが、院内にある理容室として役に立つのであれば、何でもしたいなと思いました。実際、ここまでお手伝いすることになるとは思ってもみませんでしたけれど」と佐野さんは笑う。

 早速、理容室の運営母体であるアートネイチャーと病院側とで話し合いが持たれた。もともと頭皮冷却療法についての知識があったが、これほど医療従事者側への負担が大きいことはアートネイチャーの社内では知られていなかった。しかし、実際の化学療法室の看護師の苦労を直接聞き、「自分たちにできることがあるなら」という社員たちの気持ちが協力につながった。

 ◇患者を中心にチームで支える

 病院側でもさまざまな議論があった。しかし、医療機器を購入する用度課や院内理容室との契約を引き受ける総務課、他に医事課、医療情報管理部、医療安全部など、頭皮冷却療法の導入に関わる事務職員たちも「自分だったらこの治療を受けたいと思うし、家族にも受けさせてあげたいと思う。そして髪の毛はやっぱり、看護師さんより髪のプロにやってもらう方が良い」と理解を示して治療に協力してくれている。そして、患者同士も「この副作用にはこんな方法が良かったから、ぜひ次の患者さんにも教えてあげてください」とつながっていっている。

 医師、看護師、薬剤師、理容室スタッフ、事務職員、そして患者が頭皮冷却療法という治療法でつながっている。患者を中心とした医療チームの結束が新しい治療法を軌道に乗せられた一番の要因だ。(了)


中山あゆみ

 【中山あゆみ】

 ジャーナリスト。明治大学卒業後、医療関係の新聞社で、医療行政、地域医療等の取材に携わったのち、フリーに。新聞、雑誌、Webに医学、医療、健康問題に関する解説記事やルポルタージュ、人物インタビューなど幅広い内容の記事を執筆している。

 時事メディカルに連載した「一流に学ぶ」シリーズのうち、『難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏(第4回・5回)』が、平成30年度獨協大学医学部入学試験の小論文試験問題に採用される。著書に『病院で死なないという選択』(集英社新書)などがある。医学ジャーナリスト協会会員。

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