「医」の最前線 抗がん剤による脱毛を防ぐ「頭皮冷却療法」

抗がん剤の治療中に発毛
~頭皮冷却療法の体験談~ (医療ジャーナリスト 中山あゆみ)【第4回】

 ◇ウィッグを使わずに済んだ人も

 虎の門病院では2021年8月末に頭皮冷却療法を開始し、22年2月末までに乳がんの術前・術後の化学療法の対象となった患者のうち、26人が治療を受けた。4人が頭痛などの症状から治療途中で頭皮冷却を中止したが、すでに治療を終えた患者が5人いる。現在、虎の門病院ではガイドラインに準じ、転移性乳がんや、乳がん以外のがん種は対象としていない。

 抜け方には個人差があり、だいたい2カ月経過したところで5~6割ほどの毛髪が抜けたが、化学療法が終わらないうちに短い毛が生えてきて地肌が見えなくなるようになることが多い。中にはウィッグ(かつら)を使わずに済んだ人もいる。個人差が生じるのは、頭の形や毛根の状態、代謝や薬の感受性など、さまざまな原因が考えられる。人によって薬の副作用の出方が違うのと同じことだ。

 「抗がん剤で治療しているうちに髪が生えてくるというのは今までなかったことなので、私たちも本当に驚きました。頭皮冷却せずに毛根細胞が大きくダメージを受けていると、抗がん剤の治療期間が終わっても、しばらくは生えてこないですから。結果も伴ってきているので手応えを感じます。やってみて、すごく良かったなと思います」と看護師の時森綾乃さん。

左から「2回目の化学療法時」「前半の化学療法終了時」「化学療法終盤(最も抜けていた時期)」「化学療法終了時(発毛し、頭皮が見えない状態まで回復)」=画像は一部加工=高山さん提供

左から「2回目の化学療法時」「前半の化学療法終了時」「化学療法終盤(最も抜けていた時期)」「化学療法終了時(発毛し、頭皮が見えない状態まで回復)」=画像は一部加工=高山さん提供

 ◇大切にしてきたロングヘア

 虎の門病院での頭皮冷却療法の患者第1号は、高山真由美さん(仮名・31歳)だった。乳がん発見時、しこりの大きさが3~4センチに達していたため、先に半年間、抗がん剤を投与して、がんを縮小させてから手術するという治療方針が決まった。ちょうど頭皮冷却療法が院内で承認されたばかりのタイミングで、主治医から選択肢の一つとして説明を受け、即決したという。

 「わらにもすがるとは、まさにこのこと。私は髪をとても大切にしてきました。長く伸ばした髪を念入りに手入れし、ヘアアレンジをしたり、毎日巻いたり、髪の毛に対するこだわりがとても強かったんです。そのため、髪が無くなってしまったら自分らしさが無くなってしまう。それを防ぐ方法があるなら迷わずやりたいと思いました」

 ◇初回は絶望も、看護師の支えで乗り越える

 ところが実際に治療が始まると、頭皮冷却療法の大変さを身をもって知ることになる。

 「キャップを密着させるために締め付けられて顎が痛くなり、頭を冷やすので寒くて、これが3~4時間、この先16回も続くのだと思うと、初回から絶望的な気分になりました。それに、始めて2週間ぐらいで、髪がごそっと束になって抜けてきたんです。こんなに大変な思いをして治療を受けても抜けていく。こめかみの部分は地肌が見えるくらいになってしまい、抗がん剤の開始から2カ月ほど経過した時、看護師さんに泣きながら『もうやめてしまいたい』と言いました」

 頭皮冷却療法を行っても脱毛を100%防げるわけではない。説明を受け、理解していても、実際に抜け始めると、やはりショックは大きかった。しかし、何とか踏みとどまることができた。

 「寒さ対策や顎の痛みを楽にする方法を看護師さんが考えてくれて、私のつらさを取るよう試行錯誤しながら、ずっと寄り添ってくれたので何とか続けることができました」

 ◇抗がん剤治療が終わる頃には髪がフサフサに

 そして、治療中止を踏みとどまってから約1カ月後、毛髪が抜けるのが止まった。しかも、抜けた部分から新しい髪が生え始めてきたという。

 「『頭皮冷却を継続して良かった』とようやく思えるようになりました。抗がん剤治療中なのに、どんどん頭全体が黒々としてきて。抗がん剤治療の最終日には、頭皮が見えない状態に回復したんです。抗がん剤を始める前に、髪をショートにしただけでもかなりショックだったので、その上、髪の毛が完全に無くなってしまったら、どれだけダメージが大きかったか…。この治療を受けることができて本当に良かった」

 治療中でも、会社に行くとき以外はウィッグを使わずに外出できたという。

 「以前の状態を知っている人には変化が分かると思いましたが、初対面なら大丈夫だと思います。通院や買い物の時などは、気にせずにそのままの状態で外出していました」

 治療を終えた今、頭皮冷却療法を受けるかどうか迷っている人へのアドバイスとして、高山さんは言葉を選びながら、次のように話してくれた。

 「その人が治療の中で『何を一番大事にしたいか』だと思うんです。『なるべく点滴中は快適に過ごしたい』『手足の副作用を抑える方に専念したい』『脱毛してもまた生えてくるからいい』と思えるなら、この治療は向かない、または必要ないかもしれません。私にとっては『髪は命』と言っていいほど重要度が高かった。知らずに脱毛していたら、後ですごく後悔したと思います。1人でも多くの人に、選択肢の一つとして知ってほしいと思います」

 ◇経験の積み重ねが威力

 同病院で頭皮冷却療法の10例目となった速水節子さん(仮名・53歳)の場合は、チームの経験値が功を奏した。

 「寒さ対策に電気毛布を敷いたり、顎の痛みを緩和するための顎ひもを考えたり、先に治療を受けた患者さんたちがいろいろな対策を編み出してくださっていたので、ほとんどつらい思いをせずに済みました。つらさを取るためのさまざまな方法のおかげで、少しうとうとと寝た状態でできたのも大きかったです。先生や看護師さんたちがさまざまな方法を考えてくださったので、無理なく続けられたと思います」

 ◇変わらぬ日常生活を送りたい

 頭皮冷却療法を選択したのは、会社員として働いていく上で、治療中も変わらぬ日常生活を送るためだったという。

 「私はそんなにおしゃれでもないんです。でも、脱毛すると周囲にひと目でわかりますよね。乳がんのことは、会社内でもごく一部の人にしか話していなかったのに、エレベーターの中などで『どうしたの?』なんて聞かれたくないじゃないですか。通常、何もしなければ髪の毛は全部抜けて、元に戻るまでは2年はかかる。私は少しでも早く普通の生活に戻りたいと思ったので、説明を聞いて、すぐにやると決めました」

 ◇脱毛後の回復の速さが決め手に

 脱毛を100%防ぐことはできないことは納得していたし、個人差が大きいので、自分がどのくらい抜けてしまうのかもやってみなければ分からない。それでも、脱毛後の回復が速いという点にメリットを感じた。

 「最初の2週間くらいで結構抜けたので、このペースで抜け続けたら残らないのではないかと不安でした。でも、後半の化学療法の半ばで、抜けるのが収まってきて、『あ、これならイケる』と思えた。8回目には発毛が始まってきたので病院には1度もウィッグを付けて行ってないんです」

左が前半の化学療法終了時、右が化学療法終盤の速水さん=虎の門病院提供

左が前半の化学療法終了時、右が化学療法終盤の速水さん=虎の門病院提供

 ◇治療中でもウィッグなしで外出

 インタビューしたのは化学療法の終盤、残り2回の抗がん剤投与を控えたタイミングだったが、速水さんは待ち合わせ場所にウィッグ無しで現れた。初対面なら、言われない限り、脱毛には気付かない。

 「会社以外は、このままです。家族にとっても、私の治療をあまり意識せずに過ごせたんじゃないかと思うんです」 

 ◇「受けて良かった」と思えるための条件とは

 頭皮冷却療法の結果に満足する速水さんだが、これからこの治療を受けるか迷っている人へのアドバイスとして、「この治療による独特の症状を和らげる工夫が大切だと思います。ただ単に機械を導入して、何も対策せずに治療を始めたのでは続けるのは難しいと思う」とくぎを刺す。

 さらに、患者側の心構えとして、「期待が高過ぎると、『こんなに抜けてしまって』と落ち込むことになる。『まだこんなに残っている』と思えるかどうか。そして、ある程度は抜けることは分かった上で、回復の早さにきちんと目を向けることが大切」とアドバイスする。

 今回、このインタビューを引き受けてくださった高山さんと速水さんは、頭皮冷却を行った上での化学療法による脱毛に関しては、平均的な経過だ。この2人より脱毛が少なかった人もいれば、多かった人もいる。このように化学療法室の看護師やスタッフによって積み上げられたチームの経験値は、今後もさらに上がっていくだろう。

 「少しでも楽に治療が受けられるようにと、手探りで頑張っていた時期もあったね」と振り返ることができる日も近い。(了)


中山あゆみ

中山あゆみ

 【中山あゆみ】

 ジャーナリスト。明治大学卒業後、医療関係の新聞社で、医療行政、地域医療等の取材に携わったのち、フリーに。新聞、雑誌、Webに医学、医療、健康問題に関する解説記事やルポルタージュ、人物インタビューなど幅広い内容の記事を執筆している。

 時事メディカルに連載した「一流に学ぶ」シリーズのうち、『難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏(第4回・5回)』が、平成30年度獨協大学医学部入学試験の小論文試験問題に採用される。著書に『病院で死なないという選択』(集英社新書)などがある。
医学ジャーナリスト協会会員。

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