「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿
性犯罪被害者はなぜ回避や抵抗が困難なのか
~神経系レベルで理解する 滋賀医科大教授講演~ 【第9回】

講演の最後のスライド。立岡弓子・滋賀医科大学教授が法医看護学の中で大切に考えていることを列記した=2025年6月12日、福岡県久留米市【時事通信社】
◇暴力の存在にまず気付くこと
だから、「何で逃げなかったの」「何で抵抗しなかったの」ではないということです。それは背側迷走神経系優位による無意識のブレーキだった、生きるためだったということを知ることが、被害者の理解につながると思います。
私は2012年に、メルボルンで開催されていたSAPPS(Sexual Assault Prevention Program)という性被害予防プログラムの演習に参加しました。そこでは、性的行動を選択する際に人権があったかどうか、自発的合意があったか、自由とチャンスを持てたかどうか、平等だったかどうかを見ています。自由意思かどうか、その中にプレッシャーがあったかなかったか。
「きょうはパス」と言ったら駄目です。「疲れている」もノー、「分からない」もノー、「あした早い」もノーです。泣いていたらノー、薬を飲まされ意識がなければノー、少しでも抵抗していればノー、酔っていればノー、沈黙もノーです。要するに積極的なイエス以外は全部ノーなのです。
医学生や看護学生にこういう講義をすると、「いちいち確認しなければいけないんですか」と講義後の感想用紙に記入がありますが、そうなんです。相手の意思をしっかり確認してアグリーを取るということ。それが合意です。
合意を取るためには、互いに対等な関係であることが大事です。付き合っているパートナー、好きなパートナーとは対等であって、一方的な権力は存在してはならないのです。
だからこそポリヴェーガル理論を理解してほしいです。性被害の直後開示が困難なのは、なかったことにしたいという否認の防衛機能が働くからです。誰にも言えず、一人で認めたくない時間を過ごし、エネルギーが枯渇していく。なかったことにしたいから被害者らしく見えないのです。とても不自然、不合理な行動があるということです。
性犯罪の被害者は回避、抵抗、逃走、援助要請、直後開示の五つができないことを分かってほしいです。
性被害を受けると、身体的にも精神的にも社会的にも多くの影響があります。被害を受けた女性は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ症状により感情がまひしていきます。なぜ抵抗できなかったのか理解してもらえず、耐え難い心の負荷を味わい続けます。自分を大事に生きることを忘れ、自傷行為に走ってしまうことにつながると言われています。
私は女性と関わる助産師外来で、受診行動や表情、言動から暴力の存在にまず気付くことが大事だと考えています。被害者への支援では、負担を掛けない共感的態度を大切にしています。そして、今この場所の安全が確かであると分かるように寄り添うこと。見通しが持てるようにすることを心掛けています。
1回の面談では難しいですが、3回くらい外来で関わると見通しが持てるようになります。そして、今どうしてほしいのか、何が気がかりなのか伝えられる環境と関係を大切にしています。被害者を一人にしないことを心掛けています。
被害を伝えられる人は氷山の一角です。相談できない、言えない。だから気付いてあげてください。もし伝えてくれたら、「よく伝えてくれました。ここは安全です」と優しい声を掛けてあげてください。立ち直れる力を信じて、時間をかけて関係をつくっていく。これが、私が法医看護学の中で大切に考えていることです。(時事通信解説委員・宮坂一平)
(2025/07/14 05:00)
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