「医」の最前線 地域医療連携の今
忙し過ぎる乳腺専門医
~求められるコミュニケーション力~ 【第8回】がんの医療連携④ 九州がんセンター乳腺科部長 徳永えり子医師
乳がんに限らず、治療を行うに当たっては患者自身がどのような治療を希望しているのかを明確にすることが重要だ。九州がんセンター(福岡市)には「セカンドオピニオン」を受けに来る患者も多いが、自分が何を希望しているのか分からないという人が少なくないという。患者が何を求めているのか、その希望を聞き出す医師のコミュニケーション力が求められている。
◇「ファーストオピニオン」を理解していない患者も
セカンドオピニオンとは、納得できる治療法を患者が選択できるよう、主治医以外に、別の医療機関の医師に意見を求めることをいう。セカンドオピニオンを受ける場合は、現在の主治医に紹介状を書いてもらったり、場合によっては検査画像などが必要になったりするため、以前は他の医師に意見を聞くことにためらいを感じるという人も少なくなかった。しかし、現在では認知度が高まり、浸透したこともあって利用する患者は増えている。
主治医の診断(ファーストオピニオン)を理解していないとセカンドオピニオンの意味がない
同センターでは2004年からセカンドオピニオン外来を設け、完全予約制で患者に対応している。「セカンドオピニオンを受ける患者さんの話を聞いていて思うことは、ファーストオピニオンを理解していない方が多いということです。どのように説明を受けたのか聞いても、分かっていないという患者さんが多くおられます」と乳腺科の徳永えり子部長。その背景にあるものとして乳がん患者に対する専門医の数が足りない点を指摘する。
「病院によっては、1日の外来患者数が医師1人当たりに対して70~80人という所もあります。そうなると1人の患者さんと話す時間は2~3分程度しかありません。その中で治療法を決めなければならない状況にあるのだと思います。それでは十分な説明ができないことは想像できます」
◇時間的制約の中で決断する難しさ
乳がんは治療の選択肢が多いがん種でもある。手術に関しては乳房全摘術なのか乳房温存術なのかを決めなければならない。乳房全摘術を選択した場合であれば、再建をするのかしないのかという判断が求められ、再建を行うとなれば、一期なのか二期なのかといった選択を迫られることになる。
「現状では1人の患者さんにかける時間が十分に取れないため、ガイドライン通りに行うという医師も少なくありません。医師が説明する時間も、患者さんが相談する時間も希望を聞く時間さえないというケースが最近多いように感じます。治療のベースはガイドラインに沿って行いますが、医師として重要なことは、その中で患者個々に合った治療の選択肢を提示することです」
乳がん患者が増加傾向をたどる一方で専門医の数が足りないため、口頭だけで説明を終わらせている施設も少なくないという。診察時間が限られている現状の中では、どのように患者に説明をしていくのかという工夫が必要になると徳永医師は話す。
「『自分で決めるように言われた』と言って、セカンドオピニオン外来に来られる方も少なくありません。私たちでも、どの治療法がその患者さんにとってベストなのか迷うわけですから、患者さん本人が決断しなければならないというのはかなり難しいと感じます」
◇患者の希望を聞き出す
治療法を選ぶ際は、医師と話し合って決めていくのがいいと言う徳永医師だが、医師のコミュニケーション力向上の必要性を指摘する。
「患者さんからは『治療をお任せします』と言われることも多々あります。そのような場合、患者さんがどのようなことを希望しているのか、その気持ちを探り出さなければなりません。その辺りを聞き出すスキル(コツ)のようなものがどうしても必要になってくると思います」
患者自身がどうしたいのかを分かっていないという場合も少なくないため、患者の家庭環境や希望などを聞き出しながら、その人にとってベストな治療法を選ぶという。こういったコミュニケーション力は経験を重ねることで質が向上していくと徳永医師は話す。
「乳がんは若い患者さんも多いので、自己主張する方も少なくありません。時に反論されることもあり、若い先生方の場合は落ち込んでしまうこともあります。コミュニケーションは慣れの部分もあるので、相手の反応を見て対応するなど、経験を繰り返していく中で身に付いていくものです。ガイドラインやエビデンスレベルでの治療は分かっていても、それが目の前の患者さんにとって一番いいのかという視点が足りないように思います。たくさんの選択肢の中から、その患者さんにとって何かベストなのかという考え方が重要なことだと思います」
乳がんの5年生存率(治療効果の目安の一つ)は、早期であれば9割を超えている。乳がんに限らず、がんは早期に発見することで治療の選択肢が増え、生存率も向上する。どんな治療を受けるかは家庭環境やその他の状況など一人ひとり異なるが、家族をはじめ、病態を一番よく理解している主治医らとの良好なコミュニケーションを図る中で、自分にとって最善の治療法が見えてくるのではないだろうか。(看護師・ジャーナリスト/美奈川由紀)
(2022/02/21 05:00)
【関連記事】「医」の最前線 地域医療連携の今
-
2022/07/11 05:00
在宅医療を支える地域の輪
~つながりを広げ、経験をつなぐ~救急医としてスタートした二ノ坂保喜医師が在宅医療に取り組むきっかけとなったのは、長崎県のへき地など…
-
2022/07/04 05:00
病院とも連携しながら患者や家族を支える
~最期の日々をより豊かにするために~わが家で最期まで過ごしたい、自宅で家族をみとりたい。こう願う患者や家族は少なくない。しかし、在宅で…
-
2022/06/27 05:00
在宅でも可能な疼痛コントロール
~侵襲少なく安全な持続皮下注射~身体機能が低下して通院ができなくなったり、治癒が困難と診断されたりしても、住み慣れた場所で過ごした…