「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~
「光る君へ」の時代に大流行した「麻疹」が現代社会によみがえる 東京医科大特任教授・濱田篤郎【第1回】
今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」は、平安時代に活躍した紫式部や藤原道長を主人公にしています。この時代、戦乱は少なかったのですが、感染症が流行を繰り返し、人々を苦しめました。その一つが麻疹で、道長の築いた栄華もこの病が一因になり崩壊します。時を経て現代社会。麻疹の流行がここ数年、世界的に再燃しており、日本でも患者数が少しずつ増加しています。今回は平安時代と現代の麻疹の流行を比較しながら、その背景にある共通点について考えます。
藤原道長が生きた平安時代は天然痘や麻疹が流行した。写真はきらびやかな着物をまとった同時代の女性貴族(イメージ)
◇天然痘と道長の栄転
藤原道長(966~1028年)は摂関政治の頂点に立った人物としてご存じの方も多いと思います。藤原北家という名門に生まれ、父の兼家も摂政・関白を務めていましたが、道長は決して恵まれた立場にありませんでした。彼は五男坊であり、家督を継ぐ順位としても3番目だったのです。
ところが、995年に事態は急転します。この年の春から平安京では天然痘が大流行しており、4月には道長の長兄で関白だった道隆が死去します。彼は糖尿病を長年患っており、それが死因とされていますが、天然痘が死期を早めた可能性もあります。このため、次兄である道兼が関白になりますが、その直後に彼も天然痘で死去してしまいます。この機に道長は、内覧という関白に準ずる地位に就き、政治の中心に登場してきたのです。
◇藤原氏と天然痘の因縁
天然痘はウイルス疾患で、1977年に地球上から根絶された感染症です。飛沫(ひまつ)感染で拡大し、患者は高熱とともに全身の発疹を起こします。発疹は間もなく化膿(かのう)し、この時期に死亡するケースが多く見られました。運よく回復しても、顔面などに醜いあばたを残し、生涯にわたり患者を苦しめたのです。
天然痘は古くからアジアや中東などで流行しており、ローマ帝国や中国の漢の時代にも流行が記録されています。しかし、日本は島国だったため、その流行が本格的に始まるのが大陸との交流が活発になる奈良時代以降でした。
奈良時代に起きた天然痘の流行として有名なのが737年の流行です。当時は藤原氏が政権を掌握し始めており、4人の藤原兄弟が要職に就いていましたが、都で流行が始まると、4人全員が天然痘で亡くなってしまったのです。この結果、藤原氏による政権掌握は一時停滞することになります。
平安時代になり藤原氏は復活しますが、そこで起きたのが955年の天然痘の流行です。その渦中にいた藤原道長は、兄たちが次々に死んでいくさまを見て、200年前の凶事が再現されるのを心底恐れたことでしょう。
◇麻疹と道長の悲しみ
平安時代に周期的な流行を繰り返した、もう一つの感染症が麻疹です。麻疹は現代も流行しているウイルス疾患で、空気感染を起こすため、感染力は大変強くなります。患者は最初に風邪の症状を起こし、それから数日後、全身に赤い発疹が出現します。この発疹は天然痘のように化膿することはありませんが、この時期に肺炎や脳炎を併発することが多く、現代でも1000人に1人は亡くなります。
麻疹もアジアや中東で古くから流行していましたが、日本では天然痘と同様に奈良時代以降に流行するようになりました。麻疹が最初に記録されたのは、藤原道長が政権中枢に登場した998年のことでした。
この年も平安京では感染症の流行が起きていましたが、3年前に流行した天然痘とは病状が違いました。一条天皇もこの時に発病しており、その記録によれば、「皮膚に赤い発疹が広がり回復した」と麻疹の特徴が書かれています。実は、一条天皇は5年前に天然痘にかかっており、この時の感染症が麻疹だったことは確かなようです。天然痘も麻疹も2度かかることはないのです。
一条天皇の麻疹は幸いにも治癒しましたが、それから約30年後の1025年、麻疹は再び都で大流行します。この時に、道長は政権の頂点に上り詰めており、娘たちを皇室に次々と入内させていました。その一人の嬉子が皇子を出産した直後、麻疹で死去しています。妊娠中に麻疹にかかると、現代でも致死率はかなり高くなるのです。
道長は嬉子の死を深く悼み、それから2年後の1027年に亡くなっています。嬉子が出産した皇子は、やがて後冷泉天皇として即位しますが、藤原系の子どもが誕生しないまま死去し、ここに藤原氏による摂関政治は終わりを迎えるのです。
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